日本の改革

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地下鉄サリン事件から25年、聖路加病院元院長・故日野原重明氏にあらためて学びたい、平時の備えの大切さ

地下鉄サリン事件から今日で20年。事件当日に640名の患者を収容した聖路加病院の日野原重明元院長に、色々とあらためて学びたいと感じます。特に、平時の備えにつき、グローバル化と気候変動のリスクをこれまでより高く見積もり、普段はムダと思える投資を惜しむべきではありません。

まだ終わっていない地下鉄サリン事件

地下鉄サリン事件は、発生から25年が経ちましたが、まだ終わっていません。無差別大量殺人によって、政府を転覆させ、国家を乗っ取ろうとしたテロ組織とその思想は、今も生きています。

公安調査庁によると、オウムの後継3団体の信者は計約1650人、施設は15都道府県に32カ所もあり、保有資産は約12億8千万円で、年々増えています。アレフは毎年100人程度の新規信徒を獲得し、うち6割が学生などの20代で、警察関係者は「一連の事件を知らない若い世代が標的になっている」と話しています。

www.nikkei.com

地下鉄サリン事件の被害者で、寝たきりの闘病生活を続けてきた浅川幸子さんが、わずか10日前の3月10日、事件から25年の今日を待たずに、56歳で亡くなりました。死因はサリン中毒による低酸素脳症です。事件の犠牲者は未だに増え続けています。

浅川幸子さんと、幸子さんを献身的に支えた兄一雄さんの思いの一端を、毎日新聞が紹介しています。

「事件は終わった」。事件から10年が過ぎた頃、一雄さんはそんな声を聞いた。被害が癒えることはないと、2人は名前を公表し、顔を出して苦しみを世に訴えた。2009年、丸ノ内線サリンを散布した元教団幹部への最高裁判決は、法廷で聞いた。会見で感想を問われた幸子さんは「死刑」「おおばかー」と声を絞り出した。

毎日新聞2020年3月19日(電子版)

mainichi.jp

こうした思いに、日本国と日本国民は十分に応え、自らを守る対策をとってきたでしょうか?

抑止のための法律は少しずつ整備されてきました。オウムの後継団体は、2000年に出来た団体規制法による観察処分を受けていますし、2017年にテロ等準備罪も新設されました。課題は色々ありつつも、個人単位で出来ている刑法体系が、組織犯罪の現実に即した形に、段々と変わってきてはいます。

団体規制 | 公安調査庁

法務省:テロ等準備罪について

聖路加病院の備え

問題は、こうしたテロが起きた場合の物的・人的な備えですが、驚くべきは、事件当日、こうした事態に既に十分に備えていた病院があったことです。良く知られている通り、聖路加病院が、同病院の院長だった故日野原重明氏の方針により、有事対応の体制を整えていました。

日野原氏の聖路加国際病院サリン患者診療報告によると、1995年3月20日午前8時半、聖路加病院の幹部会の会議中に、消防署から地下鉄での大爆発事故があったとの報が同病院の救急センターに届き、地下鉄築地駅から、救急車の患者搬送がされました。院長の日野原氏は副院長にトリアージの指揮を命じ、外来診療は中止の掲示を出し、麻酔のかかった手術患者を除く予定手術の中止指令を出しました。

これにより、第1日目に640名を収容でき、そのうち110名が入院しました。

この病院の構造は災害時への対応が考えられた設計であり、スペースが広い上に、礼拝堂、ラウンジ、廊下の壁の中にも酸素や吸引用の配管がなされていました。もともと日本有数の大病院で、病床1床が115㎡と通常の倍くらいあり、定床520床以外にすべての空間を用いると285名の患者を臨時に収容できる設備を持っていました。日野原氏は、これが患者収容を円滑にした原因の一つとしています。

また、病院職員も非常時の対応が出来た理由として、同氏は、阪神大震災の医師・看護婦のボランティア派遣の実績や、全館停電した時を予想しての1年2回の訓練などを通して、職員が非常時に結束して働く意識の強かったこと等を挙げています。

【特別企画】日野原重明先生を偲ぶ リーダーシップが試された地下鉄サリン事件|日本医事新報社

聖路加病院がこのような備えをしていたのは、日野原氏が、スウェーデンやスイスの病院を視察したときに得た知見によるものでした。外交政策では中立を基本とする両国なのに、空爆を受けたときに地下に発電機を備え、水も不足しないように水槽も設置されていたそうです。非常事態へのこうした備えに感銘を受けた日野原氏は、帰国するとすぐに新病棟の設計を見直し、廊下、ラウンジ、チャペルの壁の中に酸素吸入の配管をしました。これによって、サリン事件のときに、突然の数百名の患者に対応できました。

事件後、イスラエルや英国等が、病院の対応を調査に来たそうです。

http://hospital.luke.ac.jp/about/approach/pdf/St_Luke_no27.pdf#search=%27%E6%97%A5%E9%87%8E%E5%8E%9F%E9%87%8D%E6%98%8E+%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6+%E9%85%B8%E7%B4%A0%E3%81%AE%E9%85%8D%E7%AE%A1+%E7%A4%BC%E6%8B%9D%E5%A0%82%27

聖路加病院の対応は今に生かされているか

こうした日野原氏の実績に、その後の日本は十分に学んできたでしょうか?

厚生労働省は、「原因の明らかでない公衆衛生上の緊急事態」についての対応を、東京オリパラ大会でのテロ対策も含めて検討する場として、厚生科学審議会に健康危機管理部会を設けています。

同部会で、地下鉄サリン事件について言及があるのは、2018年4月16日の議事録です。東京医科歯科大学の大友康裕教授が、喫緊の課題として病院の受入体制を挙げています。大友氏は、サリン事件のときは、消防から聖路加病院に連絡がきた12分後には、最初の患者が運ばれてきたことから、汚染した患者がすぐに来てしまうので、病院には平時から除染できる体制が必要だ、としています。

ところが、大友氏によると、まともな除染体制を持っている病院は全国で10か所あるかないかだそうです。ほとんどの病院は除染テントというものを持っていますが、これはまず使いものにならない(10数分で患者が来院するのですから、テントを立てている場合ではない)ということです。

大友氏は結論として、病院は採算を考えればそこまでやるのは無理で、予算措置が必要だとしています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212197.html

これについて、その後、対応がされているか、私の力不足で確認できていません。この審議会の部会での、その後2回の審議では、はっきりとは出てこないようです。早期除染の必要性、ということについては問題意識はあるようですが、予算を十分つける、という話にはなっていないようです。

厚生科学審議会 (健康危機管理部会)|厚生労働省

www.nikkei.com

ここで考えるべきは、平時に予算を付けて、どこまでやるべきか、です。除染体制がある病院は全国に10数か所しかない、では、全国の都市の病院にそのような体制を整えさせるために、限られた予算をつけるべきか?おそらく、通常はそこまではせずに、たとえば東京オリパラ大会のために重点的に守るべき一部病院に、という発想になりそうです。

しかし、そこをもう少し広めに考えるべきです。除染体制に限らず、現在進行形の問題である感染症対応が出来る体制も一層整えるなど、これからの日本は、有事の備えに、今まで以上に予算や人を使うべきです。

これは、地下鉄サリン事件の教訓ということもありますが、グローバル化が進んだことで、これまで以上に、当初は原因不明の緊急事態に備える必要があります。今回の感染症拡大も教訓に、緊急事態が起きる確率をより高いものにアップデートして、平時の備えに、今まで以上に予算を使うべきです。

日野原氏による、聖路加病院の新病棟の設計は、設計当初は、やり過ぎだと思われたのではないでしょうか。戦後日本の最も平和で豊かな時代のことです。戦争やテロまで想定して壁中に酸素吸入のパイプを張り巡らす意味は、サリン事件がなければ理解されないままだったかもしれません。

いま、2020年3月20日という有利な地点に立って、あらためて地下鉄サリン事件を振り返り、新たな感染症拡大も考えるならば、こうしたテロや感染症流行等が起きる確率を、今までより高いものと見積もって、保険料として、緊急事態への予算を増やすべきです。

テロや感染症対策に限りません。昨年の台風15号や19号等は、気候変動についても、甚大な被害が生起する確率を見直す必要がありますし、自然災害に備えたインフラには、効率化は図りつつも、必要な予算はつけるように一層の努力をすべきです。

日野原氏が聖路加病院に残した、壁に張り巡らされた酸素吸入の配管は、平時には無用の長物に見えるもの、奇異にさえ見えるもの、重複したムダに見えるものも、有事への備えとして、役に立つ可能性はあることを教えてくれます。そして、グローバル化と気候変動は、その可能性は、今まで考えられていたより高いと、国民に実感させ始めています。