日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

新型コロナウイルス対策の基本方針、国が地方ごとに自粛させる方向(NHK):封じ込め不可能でもやる価値はあり、現状では支持。

・政府が新型コロナウイルス対策の基本方針の素案を決定しました。医療崩壊防止のための重症者優先策は反発があるかもしれませんが、従うべきです。

・自粛要請は一律ではなく、地方での自粛強化等が柱です。このウイルスが封じ込め不可能だとしても、自粛要請での感染防止に一定の意味はあるので支持します。

軽症者は自宅療養、一方で、センターでの受診抑制はやめる

明日決定・発表予定の、政府の新型コロナウイルス感染防止の基本方針につき、NHKのニュース7が、素案をスクープしました。

www3.nhk.or.jp

NHKによれば、素案では、現在の状況は、複数地域で感染経路不明の患者が散発的に発生し、一部地域で小規模な集団感染が把握されている、として、患者の増加のスピードを抑えるため、患者数が大幅に増えた時に備え、重症者対策を中心とした医療提供体制などを整える、としています。

そして、かぜの症状が軽度な場合は、自宅での安静・療養を原則とし、状態が変化した場合にかかりつけ医などに相談の上、受診するよう求めるほか、かぜの症状がない高齢者や基礎疾患がある人は、感染防止の観点から、電話による診療で処方箋を発行するなど、医療機関を受診しなくてもよい体制を構築するとしています。

一方で、患者が大幅に増えたら、現在の「帰国者・接触者相談センター」に電話のうえ専門病院で受診という手続きをやめて、一般の医療機関で、診療時間や動線を区分するなどの感染対策を講じたうえで、患者を受け入れるとしています。

私はこの方針を支持します。医療体制の崩壊を防ぐことが、感染拡大防止のためにも、国民の被害最小化のためにも、最優先の課題だからです。今でさえ、センターが受診抑制に働いていることに批判の声があるようですが、このセンターはもともと、医療崩壊を防ぐための、一種のゲートキーパーなのだから、やむを得ません。

患者が激増した場合に、一般の医療機関に行くことを認めるものの、軽症者はかかりつけ医「など」に相談の上、受診するように求めるのは、少し心配です。これも、かかりつけ医という典型的なゲートキーパーを使うことにしていはいますが、日本ではかかりつけ医は任意で、基本はフリーアクセスです。かかりつけ医「など」となっているのが何かですが、センターへの問い合わせはやめるのですから、原則として、軽症者は自由に病院に行ける(日本人の感覚では当たり前ですが感染症大流行時には避けるべきです)ことになります。ここは政府と自治体のアナウンスで補うべきでしょう。

具体的なことはこれから決めるようですが、一般の病床確保をよほどしっかり、直ちにやる必要があります。ここは、ちょっと大げさなくらい、そこまでやるかというくらいに、ベッドと人手を確保する姿勢を見せることが、国民の安心を生んで、重症者優先の協力も得やすくなるでしょう。オンライン診療の解禁も是非実現すべきです。

小出しながら、理にかなった自粛要請

 国民や企業に対しては、イベントの開催につき、「一律の自粛要請は行わないものの、感染の広がりや会場の状況などを踏まえ、開催の必要性を改めて検討」と、原則は相変わらず曖昧なままのようです。

しかし、今後、地域で患者数が継続的に増えた場合についての対策が追加されました。

「感染経路などを調べる調査や濃厚接触者に対する健康観察は縮小し、広く外出自粛の協力を求める対応にシフトする」とのことです。

これは、合理的なやり方だと思います。

政府の認識としては、現在の状況は、「複数地域で感染経路不明の患者が散発的に発生し、一部地域で小規模な集団感染が把握されている」ということですから、自粛は地域ごとに行う、ということです。

東京都、大阪府はじめ、独自に自粛要請をする自治体が出てきましたが、吉村大阪府知事などは、国の対応を求めています。現在の新インフルエンザ対策特措法での緊急事態宣言も、知事がやることになっていますが、専門家会議では、やるなら国が行うべき、という意見も出ていました。

今回の基本方針素案では(NHKが正しいなら)、そのバランスを取っています。国としては一律の自粛は求めない、しかし、地域ごとに集団での感染が起きている現状を踏まえ、地方ごとの外出自粛を「国が」求める、ということです。詳細は分かりませんが、自治体による自粛要請を、国が自治体に要請するのかもしれません。

国の基本方針として、十分抑制的で、地方ごとの対応という形も現状認識への対策として合理的で、私は支持します。

ウイルスが封じ込め不可能でも、自粛要請はやる価値がある

政府の基本方針について、これでは、自粛要請が物足りないという声はもちろんあるでしょう。未知のリスクだから大げさなくらい、まずは強い手段を使って、状況に合わせて縮小する、という主張で、これも合理的な考え方だと思います。

ただ、その考え方が合理的なのは、封じ込めが可能な感染症の場合です。封じ込めが不可能なウイルスの場合は、あまり致死性が高くなければ、もうある程度流行るにまかせて、国民に免疫も出来てきたところで落ち着くのを待つ、というやり方になるはずです。以下に紹介する通り、おおむね同じように主張する専門家もいるようです。

以前も本ブログで書きましたが、このウイルスの封じ込めの可能性については、悲観論と楽観論があります。

元CDC(疾病管理予防センター)所長のトム・フリードマン氏は、封じ込めの可能性はまだゼロではないものの、「悲観的であるには少なくとも半ダースの正当な理由がある」としています。要は、潜伏期間・無症状でも感染するし感染力が高いし、既に世界中に広がっているから、ということです。

私も、この主張に賛成で、もうこのウイルスの抑え込みを、政策の目的にすべきではないと思います。

www.thinkglobalhealth.org

 

以下、ウイルスが封じ込められる場合とそうでない場合の対策につき、フリードマン氏の主張を下敷きにしながら、考えてみます。

フリードマン氏によれば、ウイルスが封じ込められる場合、出来ることは全てやる、ということになります。早期の検査と隔離、連絡先の追跡、連絡先の監視などです。中国が武漢でやったような、コミュニティ全体を封鎖し、移動を制限することの有効性はそれほど明確ではない、としていますが、多くの国で実施されている入国管理の形での旅行制限は有効で必要だ、と主張しています。

フリードマン氏は、一般に、封じ込め可能ならば、中央集権的で強権的な措置も有効になる場合がある、としています。

一方、ウイルスが封じ込められない場合、合理的な制御手段は(伝染性と重症度に依存するとしているものの)、やはり、封じ込め可能な場合よりも、ソフトなものになります。拡散防止や根絶を目指して必死で政策をうっても無駄だからです。その代わり、感染の広がりは、必死で抑え込もうとした時よりも広くなってはしまうでしょう。

私は、現在の日本も、おそらくは一部の他国も、そのような状態になりつつあり、場合によっては、国際社会全体でも、結局は封じ込めは難しくて、COVID-19は、人類が今後もつきあっていく病気の一つとして定着するのでは、と、素人なりの予想をしていて、政治判断も、そうした認識に立ってやった方が良いと思います。

フリードマン氏によれば、どんな場合にも、医療従事者を保護し、医療施設での感染を防ぐことが重要で、国民一般による手洗い、咳エチケットは重要で、咳や発熱のある人は自宅療養が必要だ、としています。

それでも、まず感染する人の数を減らすべきだ、としていて、方法としては、「学校の時間を閉鎖または短縮し、公共の集まりを制限し、社会的距離を伸ばすこと」だとしています。他には、感染した人々の生存の可能性を改善(迅速な診断、ウイルスによる重病患者の最適な管理の学習と適用等)、公的および民間部門の機能を最低限でもきちんと確保すること、が挙げられています。

つまり、たとえ封じ込め不可能なウイルスだとしても、日本で検討されているような自粛要請は、効果的だ、ということです。

日本政府が主張する、社会活動の自粛で感染スピードを遅らせて、感染者数・患者数のピークを下げて、医療崩壊を防ぐ、という方針が、封じ込め不能新型コロナウイルスにも一定の効果がある、ということになります。

問題は、その自粛要請をどのような形で、どれくらい強力にやるか、ですが、私は、上述のように、今回の基本方針のやり方を支持します。国としては一律に自粛要請はしないが、地域ごとに、患者数等を見て行う、という点は、合理的ですし、たとえ封じ込め不能でも、感染スピードを遅らせるという効果はあります。いずれ全国に広がるのは見えていても、自粛要請は合理的でしょう。

学校での感染が明らかになった北海道では、学級封鎖も考えられるでしょう。地域ごとの状況に応じた柔軟なやり方が出来そうなところも、今回の基本方針の良い点です。

詳細は明日発表ですが、終期はやはり明確にして、民間の経済主体への予測可能性を高め、行動制限への理解も得やすくすべきです。政府は、G20で麻生大臣が呼びかけたように、まずは自ら大規模な財政支出を行い、政府の信用保証枠の更なる拡大など、経済への目配りも十分に行うべきです。