日本の改革

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フェイスブックが有害コンテンツの規制方法をEUに提案、EUが反論:法的規制には日米欧で協議を。

フェイスブックが有害コンテンツの法的規制のあり方につき、EUに提案し、EUから反発されています。国によるコンテンツへの規制は、表現の自由を重視して最小限であるべきで、出来るだけユーザーとプラットフォーマーの自主規制に任せ、基準については、日米欧で協議して、共通の基準を作るべきです。

フェイスブックEUの議論を契機に、国際的なコンテンツ規制を

2月17日、フェイスブックザッカーバーグCEOが、EU欧州委員会の幹部と相次いで会談し、EUが検討しているデジタルサービス法について、なるべく緩い規制にすべきだと主張し、欧州委員会の幹部達から反論されました。

欧州委、フェイスブックの対応「不十分」 規制で溝 (写真=ロイター) :日本経済新聞

ソーシャルメディアは通信と従来メディアの間=ザッカーバーグ氏 - ロイター

Zuckerberg Tells EU Regulators Facebook Wants More Content Liability - WSJ

 

フェイスブックの主張は色々ありますが、ここでは、SNS上の有害コンテンツの規制について取り上げます。同社は、詳細な提案内容をホワイトペーパーという文書にまとめており、プラットフォーマーとユーザーによる監視と削除を行うので、こうした当事者主導の現状に即した規制を行うべきだ、つまりは、なるべく規制は限定的にすべきだ、という主張をしています。

about.fb.com

Mark Zuckerberg: Big Tech needs more regulation | Financial Times

これに対し、フランスの欧州委員のティエリ・ブルトン氏は、この内容では全く不十分だ、としています。ブルトン氏も、ある程度自主規制に任せることには同意しているようです。しかし、同社による有害コンテンツの監視等が、AIのアルゴリズムによって行われており、ブラックボックスになっていることや、市場支配力を問題視しています。この点について情報公開を行い、より迅速でより重い責任を負わせるべきだ、と主張しています。

on.ft.com

IT大手プラットフォーマーの問題点は、膨大なデータを使ったAIを利用したサービスが、新たなタイプの独占を生んでいることですから、ブルトン氏の懸念はもっともです。自由で公正な競争のために、こうした独占が起きない規制は必要です。

ただ、競争促進や情報公開は当然行うとして、SNS上の有害コンテンツの規制を、誰がどんな形で行うか、ということになれば、第一義的には、プラットフォーマーとユーザーが有害コンテンツを見つけて削除し、規制当局は、そのための最低限の基準の設定等の間接規制を行う形にならざるを得ないでしょう。

フェイスブックのホワイトペーパーは、SNS上の有害コンテンツの規制は、先に述べたように当事者主導で行うものだから、実際に執行可能な範囲で、限られた文脈で基準を決めたり、サービスごとに異なる定義が用いられたり、なるべく柔軟なものであるべきだ、と言っています。

また、プラットフォーマーが、SNSでの実際のやり取りに応じて、方針を柔軟に変えられるようにすべきだ、とも言っています。たとえば、ヘイトスピーチやネットでのいじめ等では、使われる言葉等が時間とともに変わっていったりするからです。

https://about.fb.com/wp-content/uploads/2020/02/Charting-A-Way-Forward_Online-Content-Regulation-White-Paper-1.pdf

SNS上の有害コンテンツの規制は、表現の自由の侵害になりかませんし、SNSの実際の使われた方を見れば、フェイスブックが主張していることは、原則論としては賛成できます。

更に重要なのは、どんな表現が法律や社会倫理に反するか、国によって違う、ということです。この点について、フェイスブックのホワイトペーパーは、以下のように主張しています。

最も違法とされやすい内容、たとえば、テロリズムや子どもの性的搾取を支持するような内容については、国によって法律も運用の実態も大きく違います。更に大きな違いがあるのが、ヘイトスピーチ、ハラスメント、偽情報の分野です。

このように、各国での価値観について違いがあることも、フェイスブックは政府の規制をあまり強くすべきでないという理由として挙げています。

確かに、現状を見ればその通りでしょう。フェイスブックではありませんが、ツイッター上では、上記のような分野について、ある表現が有害コンテンツにあたるか否かにつき、日本人同士でさえ議論になることがあります。それも突き詰めれば、個人的な価値観の違いだけではなく、各国の法制度と社会規範の違いに行き着く場合が多いように思います(ある人は日本の感覚で、別の人は他国の感覚で、ある表現の適否を論じているような場合)。

 

有害コンテンツ規制は難しいですが、それでも、表現の自由という権利と、その表現で侵害される権利とのバランスは、何らかの形でとらなければいけません。そのバランスの取り方が国によって違い、それを理由にフェイスブック等が規制に反対する、ということでは、結局、どちらの権利も十分守られません。

これを解決するには、まずは価値観を共有する日米欧で話し合って、何が有害コンテンツとなるか、共通のルールを作ってはどうかと思います。

以前も、同様の主張を本ブログでいたしました。

テロ扇動情報の即時削除、仏、NZ、FB等が合意、米は不参加:SNSのコンテンツ規制は最小限に、国際的枠組みで、個人救済も可能にすべき - 日本の改革

過激主義者を排除するフェイスブック、「連邦当局が承認したプライバシー担当幹部」を受け入れへ。IT大手の規制は、価値観を共有する各国で国際的枠組みを! - 日本の改革

各国で価値観は異なり、しかもその価値観がSNSで増幅されてもいるのですが、そうした価値観がぶつかり合うプラットフォームが、自由民主主義という価値観を共有する日米欧政府がすり合わせたものであれば、諸国民が大事にしたいと思う個性と、自由民主主義という普遍的価値を両立させられるような場が出来るのではないか、と思います。

ザッカーバーグ氏が大っぴらにEUに対してロビー活動をしたのを契機に、まずは米欧間でSNSのコンテンツ規制について共通の理解が生まれて、後追いでも日本がそれを共有するような進展が期待されます。