日本の改革

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米中「第1段階」合意、強制的技術移転の是正が一応の成果。日本は中国にTPP11加入要求して、アメリカの援護射撃を!

米中「第1段階」合意は、知的財産権保護は曖昧、産業補助金是正は言及なし。強制的技術移転の禁止のみが、一応の成果のようです。中国の不公正な政策の是正はまだまだで、アメリカは今後も、関税等を道具に圧力をかけるでしょう。日本は、これに合わせ、TPP11加入を中国に求めるべきです。

米中「第1段階」合意の中身:USTRのファクトシートによれば

米中両国政府は、貿易交渉で「第1段階の合意」を発表しました。

アメリカは、①15日予定の関税「第4弾」を見送り、②スマートウォッチ等の1200億ドル分の関税は引き下げますが、③家電・家具等等の2500億ドル分の25%の関税はそのままです。関税の一部引き下げ(②)は、米中貿易戦争と呼ばれる2018年7月の関税合戦が始まって初めてのことです。

一方、中国は、知的財産権保護、農産品輸入拡大、為替政策の透明化等をする義務を負います。農産品の購入は最大500億ドルで、対中輸出を向こう2年で2000億ドル拡大するためのパッケージの一部ということです。 

www.nikkei.com

農産品をはじめとする輸入の数値目標は、後に見る通り、アメリカ国内でさえ、ちょっと過大にすぎるとも言われています。それでも、農産品輸入等の具体的な額は、トランプ氏にとっては、政治的に大事なのでしょう。

アメリカ及び国際社会にとってはるかに重要なのは、中国の不公正な経済政策の是正が図れているかどうか、です。結論から言うと、知的財産権保護は弱い表現でしか書いておらず、産業補助金は言及がなく、唯一、技術の強制移転については、かなりはっきりと是正すると書かれています。

ここでは、USTRが発表した、合意についてのファクトシートを見てみます。

https://ustr.gov/sites/default/files/US-China-Agreement-Fact-Sheet.pdf

まず、

知的財産権については、企業秘密、医薬品関連の知的財産権、原産地、商標、海賊品等に対する罰則等、「長年問題になってきた多くの問題点に懸念を表明」(addresses numerous longstanding concerns in the areas of…)となっています。これでは、中国の知的財産権侵害を実効性をもって是正する内容に見えません。ここについて、なぜこれほど弱い表現になっているのか、強く疑問を感じます。

これに対し、

・技術移転については、かなり厳しい書きぶりになっています。USTR301条で問題となった、中国の不公正な技術移転につき、執行可能な形での義務(binding and enforceable obligations)を設定した、としています。中国がこれまでの貿易協定の中で初めて、市場アクセスや行政上の許認可をタテに、外国企業の技術を中国企業に移転させるのをやめさせることになる、また、行政手続き上の透明性、公平性も中国は約束する、としています。

更に、中国は、外国の技術を獲得することを目的にして、対外投資を命令したり支援したりしてはならない、としています。

・金融関係では、アメリカ金融業に対する長年の障壁を指摘(addresses a number of longstanding trade and investment barriers to U.S. providers of a wide range of financial services)としているのみで、ここも法的義務まで踏み込んでいないようです。金融政策については、競争目的の通貨の減価を防止するための厳しい約束を要求する(requiring high-standard commitments to refrain from competitive devaluations and targeting of exchange rates)としています。

・貿易の拡大については、前述の通り、2年間で2000億ドルという数値目標等が書かれています。

・紛争解決については、合意の効果的な実現を確保するための定期的な協議と必要な場合の比例的な対応(proportionate responsive actions that it deems appropriate)について定めています。

ということで、はっきりと法的義務として定められていそうなのは、技術移転の部分ではないかと思います。最後の紛争解決のところでも、必要な対応がとれるとしているので、これが文書全体にかかるならば、どの項目についても何らかの制裁が可能かもしれません。ただ、最初の知的財産権のところなどは、大変弱い表現で、そもそも法的義務があるような書きぶりに見えません。

この「ファクトシート」というのは、メディア等向けの分かりやすい概要でしょうから、出来るだけ成果を強調したいはずですが、その文書でさえ、知的財産権については大変弱い書き方で、産業補助金についてはそもそも言及もありません。

このため、米中貿易戦争で特に重視されてきた、知的財産権侵害、強制的技術移転、産業補助金のうち、具体的な成果としては、とりあえず強制的技術移転についてのみ、ということになりそうです。

これではまだまだ足りない、今後、他の項目も含めて更に具体化させる、ということで、今回は「第1段階」の合意なのでしょう。

アメリカ国内では見方は分かれるが

アメリカ国内では、この合意についての評価は分かれています。メディアには否定的な声が多いようです。

代表はワシントン・ポストで、経済担当のヘザー・ロング記者は、アメリカが得たものは「大したことはない」(not much)と、ばっさり切り捨てていますし、

 China, U.S. confirm trade deal to avert new tariffs, but lack of details leave markets confused - The Washington Post

ニューヨーク・タイムズは、これまでの関税によるダメージを考えれば、大した成果はない、USMCA(米・カナダ・メキシコ協定)の成立に続くトランプ氏の政治的得点だが、USMCAよりメリットは小さいと書き、

Initial China Trade Deal Defuses Tensions, but U.S. Still Has Concerns - The New York Times

ウォールストリート・ジャーナルは、農産品の輸出が増えると言っても、価格次第で損得がどうなるか分からないとしています。

jp.wsj.com

政界では、民主党の対中強硬派のチャック・シューマー上院院内総務が、この合意は一時的であてにならない約束だ、と叩いています。

Sen. Chuck Schumer: Trump caved with phase one China trade deal

一方、産業界は、おおむね好意的に評価しつつ、具体的な成果をせかしているようです。

米産業界、米中合意を歓迎 (写真=AP) :日本経済新聞

Farmers, manufacturers welcome 'Phase One', but ask Trump for more | Fox Business

農家・牧場主の団体、American Farm Bureau Federation は、今回の合意を評価しながら、早く中国からの農産品購入増の結果が見たい、としています。

U.S. Farmers Eager to Return to Global Competitiveness

製造業の団体であるNational Association of Manufacturers (NAM) は、更に好意的な反応です。今回の合意を歴史的で実効性のある合意だとして、これでアメリカ企業の知的財産権が保護されると、高く評価しています。

www.nam.org

正直、NAMのこの反応がよく分かりません。最初に見た通り、知的財産権保護については、大した成果は得られていなさそうなのに、そこについて特に強調して素晴らしい、と言っているのですから。ひょっとしたら、ファクトシートでは控えめな表現になっているけれど、本当はかなり厳しい内容なのかもしれません。

NAMは、トランプ政権に対中交渉で要求した項目を掲げていますが、具体性はともかく、彼らの要求の方向性を聞いてもらったから、とりあえず良かったということなのかもしれません。

https://www.nam.org/wp-content/uploads/2019/06/Leveling-The-Playing-Field-With-China.pdf

このように、反応は分かれます。大手メディアはトランプが嫌いなところが多いので、厳しい評価なのは当然でしょう。典型はニューヨーク・タイムズで、民主党が合意したUSMCAはやたら評価して、トランプ単独の手柄となる中国との合意は叩く、という分かりやすい反応です。一方、ビジネス界は、本音はともかく、とにかく少しでも貿易戦争を緩和してほしいという動機が強くて、評価する声が多いのでしょう。

いきなり体制転換ではなく、合意をテコに中国を変える路線に

 さて、米中貿易戦争を、政治体制の選択をかけた米中冷戦という生きるか死ぬかの戦いの一部として見たとき、今回の合意は、ただの入り口である貿易戦争の、そのまた第1段階にすぎません。

貿易戦争という経済覇権争いとしてだけ見ても、アメリカは未だに、去年から3回にわたってかけてきた家電・家具等等の2500億ドル分の25%の関税を下げていません。また、今回の合意においてさえ、紛争解決手続で、今後の制裁の余地は残しています。中国が軍事的な覇権を握る目的もあって続けている産業補助金の是正については、アメリカは譲れるはずがありませんし、その交渉はこれからです。知的財産権についても、要は曖昧に終わらせているので、これから具体化させることになります。

とはいえ、中国を徹底的に追い込んで、一気に体制転換まで狙う、というやり方を、アメリカは取りませんでした。本ブログでは、フォーリン・アフェアーズの論文等から、アメリカがそこまで考えている可能性もあると主張しましたが、まだ、「打倒中国共産党」の時ではないのでしょう。来年の大統領選に向けて、農業団体や製造業団体への忖度もどうしても必要ですし、当面は仕方ありません。

アメリカの目的は、米中合意ではなく、打倒中国共産党か:中国民主化へのエンドゲームの議論を始めよう。 - 日本の改革

アメリカが、とりあえず第1段階の合意で貿易戦争のエスカレートを止めて、残る課題である産業補助金是正、知的財産権保護に取り組むなら、日本も当然、その方向で協力すべきです。

そのためのツールとして役立つのは、やはりTPP11です。もともとTPPは、自由で公正なルールを作って、中国をそこに取り込んでいこう、という構想で始められたものだからです。

TPPは第17章で、国有企業や一定の独占企業について、他の締約国企業と無差別の待遇を与えることを義務付けています。また、国有企業への非商業的な援助(贈与・商業的に存在するものよ りも有利な条件での貸付け等)によって、他の締約国の利益に悪影響を及ぼすこと等も禁じられています。これが、米中貿易戦争で言うところの、産業補助金の禁止にあたります。

また、TPPは第18章で、知的財産権について、WTO協定 の一部である「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)を上回 る水準の保護を求めています。

(以下の概要の29、30頁です)

http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/10/151005_tpp_gaiyou_koushin.pdf

日本は、ここについて、アメリカと歩調を合わせる形で、中国に圧力をかけるべきです。トランプ政権はTPPは断固拒否だから、いっしょにTPPに入りましょうというわけにはいきません。が、同じことを中国に要求していくことで、中国がアメリカにも日本にも折れざるを得ないようにしていくべきです。

中国は多国間の貿易協定については、苦しい立場です。中国主導のRCEPが、インドが抜けかけて、崩壊しつつあるからです。以前、本ブログでも書いた通り、困った中国は、シンクタンクの見解という形でTPP11に擦り寄ってきています。具体的には、関税はゼロにはとても出来ないけれど、知的財産権の保護、産業補助金、つまり、TPPの17章、18章なら、飲んでもいいような言い方をしてきています。

中国主導のRCEPから、インドがめでたく離脱?日本も離脱して、中国に「唯一の逃げ道」TPPへの加盟と経済改革を迫るべき! - 日本の改革

digital.asahi.com

日本は、米中が第1段階の合意を達成したチャンスを逃してはいけません。すかさず中国に、TPP11に入れ、と呼びかけて、知的財産権保護と産業補助金の見直しを検討させれば、アメリカも対中交渉が極めて容易になるでしょう。日米同盟のためにも大変良いことです。

個人的には、米中貿易戦争は体制転換を目指した戦いに、一気にエスカレートしてほしいところでした。しかし、まだ機が熟していないなら、急がば回れです。まずは貿易と経済政策の面で、中国を自由で公正なルールに従わせ、覇権主義の牙を一本一本抜いていくべきです。日本にとって、TPP11はそのための最高のツールです。