日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

中曽根康弘氏の安全保障上の業績:アジアでのソ連の中距離核全廃と、本音を我慢した「非核中級国家」路線

中曽根康弘氏の安全保障上の大きな業績は、アメリカの当初の方針に反対して、アジアでのソ連の中距離核ミサイルを全廃させたことです。核武装も結局は不可能と見切りをつける現実主義も、正しい方針でした。

1980年代の改革派リーダー、101歳の大往生

中曽根康弘氏が101歳で亡くなりました。政界引退後も大変お元気な印象だったので、大変残念ではありますが、100歳を超えたらもう大往生。天寿を全うされたのは、ある意味で、めでたいことにさえ思います。お悔み申し上げるとともに、お疲れ様でした、と言いたい気持ちです。

中曽根氏が、小泉純一郎氏に比例代表の特別扱いをしない、定年だから引いてもらうと言い渡されたときは「政治的テロだ」と猛反発。中曽根氏の引退劇は、1980年代の改革派リーダーに2000年代の改革派リーダーが引導を渡した形で、時代の移り変わりを感じさせました。

当時、いしいひさいちの「のんき大国」というマンガがありました。そこでこの場面が描かれていて、失礼ながらちょっとボケ気味に描かれた中曽根氏を前に、困った表情の小泉氏。中曽根氏は引退勧告に反論するために党規約を持ち出すのかと思いきや、憲法を持ち出します。小泉氏は困って「憲法改正がライフワークなのは分かりますがねえ」とたしなめようとすると、中曽根氏は「何を寝とぼけておるか。憲法には、国会議員でなければ、内閣総理大臣になれんと書いてある!」と一喝する、というオチでした。

こんな風に茶化されるほど、いつまでもお元気で日本への強い思いを持ち続けた印象でした。ニュースを見て、この人にさえ寿命が訪れるのかという感じさえ持ちます。

さて、中曽根氏には、若い頃の原子力政策への関与、防衛庁長官時の核武装研究、総理になってからの三公社民営化、一般売上税検討で消費税導入の準備、日米同盟強化、防衛予算充実等々、多くの業績があります。

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国民生活で一番目につく業績は、何と言っても三公社民営化でしょう。国内政治においては、1980年代当時の改革派のリーダーと言ってよい方です。様々な既得権を廃して、三公社民営化という行政改革を断行し、特に国鉄電電公社の民営化は、明らかに国民生活を大きく改善させ、国全体の経済厚生を高めました。

ソ連の中距離核ミサイルを、アメリカに反対して全廃させた腕力

一方で、安全保障上の業績も劣らず大変に大きい政治家です。総理在任中の恐らく最大の業績は、INF全廃条約(中距離核戦力全廃条約)に関するもので、日本への脅威を極めて具体的な形で大幅に減らすことに成功しています。

朝日が去年の年末に詳しく報じていますが、1987年に調印されたINF条約の交渉では、ソ連の中距離核ミサイルSS20をヨーロッパでだけ全廃し、アジアでは半減させるだけで、米ソが合意しようとして、レーガン大統領がこの案を日本側に打診します。

総理大臣だった中曽根氏はこれに猛反発して、アメリカにこの案の撤回を強く要求します。ヨーロッパでだけソ連の中距離核を全廃してアジアでは残すことをアメリカが認めたりしたら、アメリカの核抑止力を日本国民が信用しなくなって、米軍撤退論にさえつながってしまう、もともと米国の「拡大」核抑止力に日本国民が抱いているのは「漫然とした信頼感」に過ぎないからだ、と主張しました。

レーガン氏は中曽根氏の言い分を認めてソ連と交渉し直し、結局、アジアでもソ連の中距離核は全廃されました。

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これは実に素晴らしい外交上・安全保障上の成果であり、私は、中曽根氏と当時の外務省の担当者の方々に、一国民として深く感謝します。国防というのは現実に戦争が起きなければ成果が見えにくく、戦後の日本が平和を保ってきたのが成果だと言われても、私のような一般国民には、頭では理解できても、実感を感じにくいところがありますが、「アジアでのソ連中距離核全廃」は大変分かりやすい結果です。不勉強な私は、去年まで、アジアでこのような結果になるにあたっては、中曽根氏をはじめとする日本政府の強い働きかけがあったと知りませんでしたが、外交上・安全保障上の勝利だと思います。これについては、本ブログでも一度紹介しました。

INF条約の廃棄を機に、政府は「核の傘」に関する日米拡大抑止協議(EDD)の議論を国民に公開せよ。 - 日本の改革

核武装論では、本音を最終的に封印して現実路線に転換

中曽根氏は、個人的には核武装論者でしたが、現実に核武装するのは無理と考えて、「核武装はできるけれどしない」という路線でいくべき、という立場でした。若い頃から原子力政策に携わって、日本の核武装には特別の思いもあるのに、実際にはちゃんと現実路線をとったのは、責任あるリーダーとして立派なことでした。

中曽根氏が防衛庁長官時代、表では非核路線と言いながら、裏では核武装が可能かどうかを検討させていたのは、よく知られています。とは言え、その検討や当時の日本政府の政策に関する実態についての研究によると、原子力協定やNPTでがんじがらめに縛られているのをどうするか等につき、真剣に検討した形跡はないようです。日本核武装研究は、その後の日本政府に核武装路線を取らせるには至りませんでした。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokusaiseiji/2015/182/2015_182_125/_pdf/-char/en

中曽根氏は、結局は佐藤内閣時の1970年『防衛白書』でうたわれる「非核中級国家」という路線を打ち出し、これで日本の方針が決まりました。

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_999728_po_067903.pdf?contentNo=1#search=%27%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%BA%B7%E5%BC%98+%E6%A0%B8%E6%AD%A6%E8%A3%85%27

中曽根氏御本人はその後の回想録等で、非核中級国家論や非核三原則は国内世論対策と対外的アピールであり、「核武装できる能力はあるがしない」と示すことが対外抑止上好ましいとうだけだ、という言い方をされてはいます。中曽根氏の気持ちとしては、本当は核武装したいというのが一貫した本音ではあったようです。

www.tkfd.or.jp

が、結局はそれは難しいとなってから、「核武装できる能力はあるがしない」という路線だ、と言います。しかし、この路線に安全保障上の抑止効果がないことは、今の中国、北朝鮮、ロシアを見れば分かります。日本は潜在的保有国だから遠慮しようという態度など一切ありません。アメリカでさえ、核抑止力が地域的な衝突を防げていないのに、日本が仮に小規模な核兵器を持ったところで、中国等への抑止効果は全くないことは、中曽根氏の名を関した研究所の研究員氏も主張しています。

米国はアジアにおける同盟国の核武装を容認すべきか?(福田潤一研究員) | 研究 | 公益財団法人 中曽根康弘世界平和研究所

結局、中曽根氏の言う「国内世論対策」は、左だけでなく、右向きのものでもあったのでしょう。「日本は現実には核武装していないけれど、やれないのではないし、やる気がないのでもなくて、『潜在的保有』とするのがベストだからだよ」と言って、核武装論者らを慰めることもしていたわけです。

いずれにせよ、中曽根氏は防衛庁長官としても、総理としても、引退後も、日本が本当に核武装すべきだ、という主張はしていません。これは、内外の現実を踏まえた賢明なことであり、そして、国防が国民の意思に基づいた時こそ一番強化されることを思えば、結局は正しい選択でした。

偉大な政治家、中曽根氏の黄泉の道行きの安らかならんことをお祈りいたします。