日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

尊厳死認めるためには、ポスター炎上の「人生会議」に加えて、医療基本法で患者の権利保障を。

厚労省のポスター炎上の元になった「人生会議」=人生の最終段階の過ごし方や延命治療等の話し合いは、必要ですが、相当繊細な注意が求められます。また、尊厳死を法的に認めるには、この話し合いに加え、患者の権利保障も法定すべきです。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を「人生会議」と言い換えたが

厚生労働省が作ったポスターが炎上し、自治体への発送も、ネットへのPR動画のアップも取りやめになりました。

何のポスターかと言うと、昨日の朝日によると、「人生の最終段階でどんな治療やケアを受けたいかを繰り返し家族や医師らと話し合っておく取り組みの普及啓発」と、長ったらしい説明です。

誤解を恐れずに単純化して言えば、終末期医療での延命治療に関する患者・医師・家族の話し合い、のことです。更に平たく言えば、これを、尊厳死を認める要件にしよう、ということで、厚労省ガイドラインを定めていて、そのPRをしようとしたら評判が悪くてつまずいた、ということです。

(今では、「終末期医療」という言葉は不適当で「人生の最終段階における医療」という言葉になっているようです。)

今回の炎上騒ぎ、私の感想を本当に正直に言えば、最初にポスターを一見したときにはそれほどの問題は感じなかったけれど、患者団体等が、「死に方」について話し合えと言っているようでおかしい、と反発したと聞いて、言われてみればその通りだな、と、自分の間違いに気付かされました。

厚労省が延命治療中止を含めた決定の一つの要件となるガイドラインを設けたことも、その内容が、患者・医師・家族の複数回の話し合いだというのも、たまたま別の場所で読んで知ってはいました。が、今回あらためて調べてみて、このガイドラインの運用は相当の慎重さが必要だし、尊厳死の「ゴーサイン」として絶対視するのは危ない、と思うようになりました。

この話し合いは、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と呼ばれていますが、なかなか普及しないし、名前が難しいので、愛称を「人生会議」に決めました。ポスターでは、愛称の選定委員でもある、お笑い芸人の小籔千豊氏が、死の間際に「人生会議」をやれば良かったと後悔しています。

これに、全国がん患者団体連合会等による批判が集まりました。これでは人生会議というよりは死に方会議だ、ACPは必要だが、その内容を誤解させかねないし、脅しとも取れる内容で、当事者への配慮を欠いている等と叩かれて、発想中止等になりました。

digital.asahi.com

背景として、超高齢化社会の到来で、人生の最終段階の医療の在り方について、議論が続いています。特に、延命治療を続けるか否か、延命治療を中止するなら、どのような要件にすべきか、ということが問題になってきました。

倫理的な問題としては、患者が望まない延命治療はやめて、最後の時間を希望通りに過ごした方がQOL(生命の質)は上がるはずだ、という考え方があります。一方で、医療の使命は救命であり、可能な限り延命すべきだ、という、SOL(生命の尊厳)を重視する考え方もあります。このQOLとSOLの重視をどう両立させるかが難しい問題になります。

厚労省は2007年、終末期医療の指針を作り、患者本人の決定を基本としましたが、本人が意識不明なら決められませんし、事前に書面(いわゆるリビング・ウィル)で意思表示しても、周囲に伝えないままだったり、本人の気もその後変わったりしうる、といった問題があります。

そこで、患者、家族、医師が、あらかじめ何度も話し合いをして、最後の時間の過ごし方を、延命治療等の可否も含めて、考え方を共有しておこう、というのが、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)です。これがなかなか普及しないので、一般向けに「人生会議」と愛称をつけて、芸能人使ってPR、という矢先に、炎上してしまいました。

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昨年2018年3月の「人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン 」は以下の通りです。重要なポイントは、患者の一回だけの意思表示(典型的にはそれを書面にしたリビング・ウィル)だけですませずに、患者・医師・家族で複数回の話し合いをすべき、ということです。

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197722.pdf

厚労省の委託事業で、このACPをまとめた神戸大の木澤義之特命教授は、このやり方のメリットはもちろん主張しつつ、相当の注意も必要だということを強調しています。

木村教授によると、ACPの問題点として、この話し合い自体が、患者・家族にとってつらい体験になる可能性があるり、全ての患者に適用は難しい 、としています。

話し合いのタイミングも大事で、早すぎても遅すぎてもいけない、と言います。早すぎると、遠い未来の選択についての仮の決定にしかならず、話し合いの結果が何をもたらすかも分かりにくいですし、内容も忘れてしまいます。遅すぎて、生命の危機に直面している患者にはそもそも不可能になることも多くなります。

そもそも論として、患者は自分の意向が尊重されるこ とを必ずしも重要視しない面もあり、意向は病状によって変化しうるので、自分の 意向は必ずしも尊重されなくてもよい、もう家族や医師に任せる、という意思を持つこともあり得ます。

木村教授は、AOCが有効な方法であるとしつつ、こうした課題もあることから、医師は患者のコミュニケーションに気を付け、感情に注目し、何を大事にしたいかを聞くなど、細心の注意が必要、としています。

https://ganjoho.jp/data/med_pro/liaison_council/p_care/2018/shiryo6/04.pdf

このように、AOC=人生会議のそもそもの立案者は、相当注意して使ってほしい、という意図だったようですが、人生会議という愛称を選定した委員会や、そのメンバーだった小藪氏、ポスターを制作した吉本興業とは、そうした注意点が十分共有されていなかったのではないでしょうか。

www.mhlw.go.jp

バズフィードによると、「人生会議」の普及啓発事業は、吉本興業に一括委託しており、今回のポスターや動画は、吉本側の提案を、厚労省の課長、室長がチェックして完成、外部の委員などには事前に見せていないそうです。

がん患者団体からは、「人生会議」の愛称が決まったときも、違和感は聞かれたということです。話し合いの内容が、どうやって死ぬかになっており、どう生きるかになっていないのがおかしい、ということでした。

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/jinseikaigi-poster

このように、AOC=人生会議自体は有用でも、広報も含めて運用には相当の注意が必要で、絶対視するのもまずい、ということが今回の教訓です。

尊厳死の要件を法律に位置づけるか否か

こうなると、更に気になるのが、いわゆる尊厳死法案の行方です。

尊厳死の可否については、先に述べた倫理面での議論だけでなく、人生の最終段階の医療は特にコストがかかるのでは、と言われていることもあり、超党派で法案化の動きがあります。

2012年には超党派議員連盟尊厳死法案をまとめましたが、「医療費抑制や臓器提供への期待につながるのでは」「死という個人的なものに法律が関与すべきでない」など反対の声も根強くあります。

終末期患者に「死ぬ権利」はあるか 国内議論進まず|ヘルスUP|NIKKEI STYLE

今年2月19日、尊厳死の法制化を検討している自民党の「尊厳死に関する検討プロジェクトチーム(PT)」の会合が開かれました。会合の後、山口俊一座長は記者の質問に応じ、今国会、つまり通常国会に提出したいとしていましたが、結局そのままのようです。

自民党「尊厳死PT」の座長が「今国会提出」に意欲 | 日本尊厳死協会

 法律がなくて、ガイドラインだけだと、医師にとっては大変不安な状態です。治療中止の適法性について、あいまいなままだからです。

終末期医療の法制化、日本はどうする? - 田中美穂、児玉聡|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

では、去年決まったガイドライン通りに、AOC=「人生会議」をきちんとやっていれば良い、という形で法案化してはどうか。自民党の法案は、そのようにしているようです。

しかし、今回のポスター炎上だけでなく、AOCの提唱者自身が、実は相当慎重な運用をすべきと言っているのを見ると、AOCという話し合いだけを行えば、それで合法的に延命治療中止として良いわけではないことが分かります。延命治療中止の要件には、AOC以外にも、患者団体の不信を払拭できて、国民全体も安心できるようなものが必要です。

それが、医療基本法の制定による、患者の権利保障です。いわゆる尊厳死法案(この通称も変えるべきですが)で、AOCを要件として設けて、その運用は先に挙げたような注意点を生かし、さらに医療基本法を制定し、そこに、あらゆる医療に関する患者の権利を保障する規定を書けば、人生の最終段階でも患者や家族の権利が守られる、という信頼が得られるでしょう。

医療基本法については、以前のブログでも取り上げました。裁判規範として患者の権利保障規定をおくべきと主張する団体と、それを拒否する医師会との対立が続いている状態です。人生の最終段階の医療で、医師が不安を感じなくても良いようにするためにも、患者の権利保障規定を設けるべきです。

医療基本法という別法の制定に時間がかかりすぎるようなら、いわゆる尊厳死法案の中に、とりあえず人生の最終段階の医療にのみ適用される形でもよいから、患者人権保障規定をおくべきです。今でも既に訴訟沙汰になることが多いのだから、医師・患者のどちらに偏るというのではなく、お互いの権利義務を明確化する、という発想で、医師会、患者団体等で、立法に向けて合意できるはずです。

なぜ医療には基本法がないのか:患者・国民の「権利」が大嫌いな人達 - 日本の改革

自民党で検討している尊厳死法でACPを取り入れても、それだけでは足りなくて、患者の権利保障が必要だ、という主張は、倫理学者の盛永審一郎氏(富山大学名誉教授)もしています。

jbpress.ismedia.jp

今回のポスター炎上、患者団体や個々の患者の方々には、気持ちや尊厳を傷づけられるものだったと思います。これを将来の教訓として生かすためにも、AOCの慎重な扱いについて更に広報を行い、それを患者の権利保障の明文化につなげられるようにしていくべきです。