ボリス・ジョンソン首相が、イギリスの下院解散を可能にしました。既にEUも議会もEU離脱案に同意しており、選挙で3年間の議論に終止符が打たれるでしょう。日本への教訓は、移民問題は国民的合意が必要だということ、国民投票という選択肢は排除すべきでない、ということです。
本当に「チャーチルのように敗北を重ねた後に」勝ちつつあるジョンソン首相
イギリスのEU離脱への道筋がついてきました。
ジョンソン首相が目指してきた解散総選挙が、ついに実現します。下院の3分の2以上の賛成がないと解散できないところ、3度も解散案が否決された後、最後は3分の2条項を外して解散を可能にするという特例法案を過半数で可決しました。
私は、ジョンソン氏の率いる保守党が支持率が高いから勝つだろうし、EU離脱は既に北アイルランド問題もクリアしたので実現するだろうと思います。
ここに至るまでに、二つの大きなステップがありました。
一つは、10月17日に、イギリスとEUが、新たな離脱協定案で合意したことです。
新協定案では、北アイルランドは(メイ首相のときのように)EUの関税同盟に入らず、イギリスはどの地域も、EUの関税同盟から離脱します。税関は、アイルランド島とグレートブリテン島との間に(北アイルランドの玄関口に)置きます。EUに加盟しているアイルランドと、イギリス領で陸続きの北アイルランドの間で、厳格な国境検査は設けず、しかも北アイルランドをEUから離脱させるためです。
いわゆるバックストップ、つまり、イギリスとEUとの間で通商協定がまとまらない場合に、北アイルランドはEU単一市場に残り続ける、という条項はなくなりました。
この案で、イギリスとEUが合意しました。北アイルランドがEUの単一市場に残るか否かにつき、EUが大きく譲歩した形です。
もう一つのステップは、この新離脱協定案を、イギリス議会が承認したことです。
イギリスとEUの合意に議会が同意するかは疑問視されていましたが、結局、新合意に基づくEU離脱協定法案を可決しました。ただし、同法案の今後の審議日程は短すぎるため否決しました。
労働党等の野党が、協定案の中身まで反対はせず、一方で、審議日程を否決したのは、「10月中にEUから離脱する」と公言し続けてきたジョンソン首相にダメージを与えようとしたからです。
英議会、初めてブレグジット新合意を支持するも短い審議日程を拒否、またも離脱延期へ | ビジネス短信 - ジェトロ
イギリスの野党にとっては、これが「戦術で勝って、戦争で負ける」(Ryan Heath)結果になりました。ジョンソン首相は、あっさりと前言撤回してEUに離脱延期を申請、EUもこれをあっさり認めました。
要するに、ジョンソン氏は、北アイルランドの扱いでEUから大幅な譲歩を勝ち得て、それをもとに、議会での承認も得たうえ、離脱延期も簡単に飲んだので、野党は、「解散して民意を問う」というジョンソン氏に反対できなくなってしまいました。
首相の「10月31日にEU離脱」という発言にばかり惑わされて、これを守れなかったらジョンソン退陣だと思い込んで、そこだけを責めた野党の作戦負けです。
選挙になれば、勝つのは、ジョンソン首相の保守党でしょう。
ジョンソン氏が7月に首相に就任して以来、保守党の支持率はうなぎ上りで、労働党はじめ他の野党を完全に圧倒しています。野党が労働党だけにまとまってもいないので、小選挙区制のイギリスで野党は当然苦戦するでしょう。野党はEU離脱反対でまとまることもできなさそうです。
【解説】 ブレグジット政局から解散総選挙へ なぜこうなった - BBCニュース
こうした経過につき、ポリティコのBryan Heath氏は、かなり正確に予測していました。私は、彼の見立てについて、9月にブログで紹介しましたが、ジョンソン首相が、チャーチルのように敗北を重ねた末に、最後は(選挙に持ち込んで)勝つだろう、と書いていました。当時、下院が最初に解散を否決したばかりで、これで早期の解散は不可能と言われていた頃で、大変な慧眼です。
Heath氏は、10月22日にも、議会が新離脱案に承認し審議日程に反対したときも、やはり選挙になってジョンソンが勝つだろう、と書いていました。
英下院、解散を否決:それでもジョンソン首相は、チャーチルのように敗北を重ねた後に勝つ? - 日本の改革
Britain takes another Brexit baby step - POLITICO
日本への教訓:国民投票や選挙による統合は重要、移民問題は国民的合意が必要
Heath氏は、総選挙が、ブレグジットという難問も、イギリスの分断も解決できる、と主張しています。スコットランドと北アイルランドはEU離脱に反対、イングランドとウェールズは賛成、金融街のシティは反対、地方は賛成、高齢者は賛成、若者は反対、といった対立について、選挙で統合を図るべきだ、ということです。
私も、メイ前首相と野党第一党の労働党コービン党首の「決められない政治」で続いた混乱に終止符を打つため、ジョンソン氏が主導した選挙で、EU離脱についての最終的な決定を、国民の手で行うべきだと思います。多くのイギリス国民もそう感じているのではないでしょうか。
大変な混乱がありましたが、EUから離脱する、というのは、極めて多くの分野にわたる色々な問題を解決しなければいけないのだから、ある程度の紆余曲折はやむを得ません。この3年間の混乱だけをもって、国民投票という政治手法自体が否定されるべきではありません。この点は、以前も本ブログで書きました。
EU離脱でイギリスの混乱から学ぶべきは、政治制度・手法の失敗よりも、移民受け入れの失敗。 - 日本の改革
イギリスの国民投票前に、投票に付される案の内容や投票後の手続きについて準備が不十分だったのは確かです。しかし、先にHeath氏が挙げるような国内での世論の対立が激しいときに、国家の意思を統合するために国民投票という直接民主主義に訴えたことは、むしろ日本が見習うべき点です。
国民投票時に予想しなかった様々な問題については、そうした問題を踏まえて、事実上の第二国民投票の形で総選挙で決着をつければよいことですし、現に、イギリスではそれが実現しています。
また、EU離脱の最大の原因となったのは移民問題だと思いますが、この点について、十分な国民的合意を得ないままに進めれば、結局は社会が不安定となり、イギリスはそのために国民投票を必要とした、と見ることもできます。
日本にとっても、全く他人事ではありません。240万人の在留外国人に対しては、ただちに教育と社会保障で日本国民同様の権利義務を付与する必要があります。政府は今いる外国人だけでは労働力が足りないと言って、毎年20万人を受け入れると言います。教育も社会保障も何の準備も出来ていない、いま現に日本で暮らしている人々にさえ、ろくな扱いが出来ていないにも関わらず、です。
イギリスはまだ国民投票までやって、解決しようとしただけマシだった、と日本国民が思う日が来るのではないか、と危惧しています。