安倍総理が、環境分野の技術革新に10年間で30兆円投資と発表。「技術革新」によるCO2削減というのが先延ばしでなく本気であると示すため、財源は炭素税によるべきです。
「10年間で30兆円」の多くは、おそらく民間のESG投資
吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞したその日、安倍総理は、環境分野の技術革新などを通じた経済成長を議論するグリーンイノベーション・サミットであいさつしました。その中で、脱炭素社会の実現に向けて、「我が国は率先してこの分野に官民で10年間で30兆円の投資を行う」と表明しました。また、ESG投資のための情報開示を進めていく考えも示しました。
首相、環境分野の技術革新に「10年間で30兆円を投資」 :日本経済新聞
10年で30兆円、毎年3兆円というのは、とんでもなく巨額に見えますが、「官民で」やるというのがミソで、政府の予算はおそらくそれほど増やさないでしょう。
この金額に言及したグリーンイノベーション・サミットというのは総理主催で、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)等の一連の国際会議の代表者を招いて行われたものです。TCFDは、金融安定理事会(FSB)により設置された組織で、財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨することで、ESG投融資の促進を図っています。
グリーンイノベーション・サミットを開催しました (METI/経済産業省)
ここで総理が話したことは、脱炭素社会の実現は従来の延長線上では無理で、非連続なイノベーションが必要だと。日本の取り組みとして、水素エネルギーの製造コストを天然ガス並みに下げようとしていることや、人口光合成等のCO2有効利用技術の実用化を目指していることを紹介したうえで、次のように述べています。
来年春、我が国にゼロエミッション国際共同研究拠点を立ち上げます。G20(金融・世界経済に関する首脳会合)各国の研究機関をつなぎ、12万人の研究者の知見をこの分野に集中します。年内に、『革新的環境イノベーション戦略』を策定し、我が国は、率先して、この分野に官民で10年間で30兆円の投資を行う予定です。
これに続けて、世界全体でこの分野の民間投資を増やすべきとして、「環境分野における企業の取組について、投資家に向けた情報開示を充実します」、つまり、ESG投資を行う企業・投資家のために、日本企業の環境分野の活動の情報開示を積極的に進める、と表明しました。
ということで、安倍総理の意図としては、「環境に10年で30兆円!」と派手に打ち上げて、財源は民間からなるべくESG投資で集めて、国民負担はあまり増やさない、ということでしょう。
環境分野の技術革新への多額の投資も、ESG投資促進のための情報開示も大賛成です。
ESG投資は、基本的には民間の企業・投資家から民間の企業への投資なので、政府の事業でどの程度の投資が見込めるか、不確実ではあります。しかし、ESG投資は全世界でも日本でも残高が極めて巨額で、しかも急速に成長し続けています。大和総研によれば、2017 年末時点(日本は2018 年 3 月末時点)の世界全体の ESG 投資残高は 31 兆ドルで、2015 年末の 23 兆ドルから 34% も増えています。日本の ESG 投資残高は 2.2 兆ドルで、2015年末から3年間で 360%も増加しています。
本ブログでは、ESG投資を普及させるために、ESG情報の開示を世界に先駆けて義務付けるべき、と主張してきました。総理には、現状の「グリーン投資ガイダンス」という投資家向けのガイドだけでなく、企業への開示義務化で更にリーダーシップをとっていただき、環境分野の技術革新に向けた投資につなげていただきたいところです。
固定価格買取制度(FIT)終了後は、①2030年の再エネ比率目標を50%超にして、②企業の再エネ電力購入(PPA)を促進し、③ESG投資の普及を! - 日本の改革
https://www.meti.go.jp/press/2019/10/20191010004/20191010004-3.pdf
「非連続なイノベーション」の中身は未定:本気度見せるには炭素税を財源の一部に!
とは言え、今回の発表に関する政府の動きを見ても、総理の言う「非連続なイノベーション」の中身は何なのか、まだはっきりしません。
総理の言及した『革新的環境イノベーション戦略』を年内に作る、ということ自体は、既に今年6月の『統合イノベーション戦略2019』で決まっていたことです。
が、その中身をどうするかについては、経産省の検討会で議論しているところです。
革新的環境イノベーション戦略検討会 (METI/経済産業省)
先月の検討会資料で、今後どんな内容にすべきかにつき、経産省が検討会の事務局案として、「革新的環境イノベーション戦略(提言)に盛り込むべき事項(案)」を出しています。
それによると、CO2削減にはコストがかかるので、それを下げるための「非連続な」技術革新、特に、CO2削減効果が高くて、コスト削減を含めて実現に時間のかかるものを挙げよう、ということになっています。そのための候補として、色々な技術が総花的に挙げられています。
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/kankyo_innovation/pdf/002_05_00.pdf
このあたりがやはり不信感をおぼえるところです。
「非連続な」すごい技術革新の実現には、もちろん一般的には時間がかかるでしょうが、わざわざ事務局の方向づけとして、「時間のかかるもの」という枠をはめているのは、他の政策手段をとらないための時間稼ぎ、先送りのように見えてしまいます。
こんな専門家向けの検討会に、利害関係人である小林 喜光氏(三菱ケミカルホールディングス 取締役会長)が入っているのも、いかがなものかと思います。
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/kankyo_innovation/pdf/002_01_00.pdf
やはり、炭素税のようなカーボン・プライシングを避けて、もちろん脱原発等という選択肢も避けて、出来るだけ長く現在の経済界のやり方を続けるために、言い訳として「非連続なイノベーション」と言い続けているように見えます。
予算額についても、意地悪な見方をすれば、10年で30兆円、年間3兆円と言っても、そのうちかなりの部分を民間投資で賄って、政府支出自体が1兆円か数千億円となれば、既存の予算を組み替えるか、そこまでしないでも、既存の予算の看板替えで、なんとかなる程度の金額です。新規事業には、ほとんどお金を使わない可能性さえあります。
来年度予算案の概算要求で言えば、環境省全体が一般会計で約3900億円、エネルギー対策特別会計で約2200億円、経産省のエネルギー対策特別会計が約8300億円、合計で1兆4400億円ほどあります。これらの中から、「環境分野の技術革新に資する」と言えそうなものを無理やりにでも並べて足し合わせれば、数千億円くらいにはなるでしょう。文科省はじめ、その他の省の予算でも、「環境関連」と一応言えそうなものはいくらもあります。
http://www.env.go.jp/guide/budget/r02/r02-beppyo/b1_ippan.pdf
https://www.env.go.jp/guide/budget/r02/r02-beppyo/b2_energy.pdf
ということで、「環境分野の技術革新に10年で30兆円」というのは今のところあてにならない感じがしますが、そのような不信感を払拭するには、炭素税を導入して、この事業の財源の一部に充てることです。そうすれば、炭素税を避けるための先送り、時間稼ぎ等と言われなくてすみます。
10年間かけて本当に革新的な技術を見つけて実装するのも必要ですし、10年間のうちに、何が何でもCO2を減らし、原発を減らすことも必要です。そのためには、まずは炭素税を導入して、その税額も欧州並みにすれば、1兆円や2兆円の税収は確保できます。その大部分は消費税減税にあて、一部は環境分野の技術革新に使うべきです。
環境省が炭素税の導入を来年度税制改正要望に?炭素税をEU並みにすれば、税収で消費税を1%下げられる! - 日本の改革
台風19号は、東北地方や関東地方等で大きな被害を与えました。今後、温暖化が進むにしたがい、台風の規模・大きさ・上陸の頻度は、ますます増えるでしょう。温暖化対策に世界全体が取り組むためには、真剣な国が一つでも増えなければいけません。日本は、他国がやらないことを言い訳に即効性のある対策を避けてはいけませんし、技術革新という言葉を先送りの言い訳にしてはもっといけません。
政府は、脱炭素社会実現に向けた本気度を見せるために、環境分野の技術革新の財源の一部にするためにも、炭素税を導入すべきです。