日本の改革

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原発事故、東電の経営者が無罪:公益企業が「あれだけの事故」を起こしたら有罪、という無過失責任法が必要!

・311の原発事故で、東電の元経営者が全員無罪の判決。現行法で逃げられる余地があるのは確かですが、全国民を数十年間苦しめる甚大事故は、無過失で経営者の個人責任も問われるべきです。企業の支払い能力を超えるような損害では、法人責任を負わせても抑止効果がないからです。

・具体的には、①アメリカの判例法理であるResponsible Corporate Officer Doctrineで、企業の経営者に無過失の個人責任を負わせるとともに、②エリザベス・ウォーレンの大企業の巨額損害責任法案の考え方、の二つの合わせ技で、311並みの甚大事故では無過失責任、ないしは証明責任を転換のうえ、経営者個人に刑事責任を負わせるべきです。

東電の経営者が全員無罪:直観的にはおかしいが、現行法ではありうる判断

福島第1原子力発電所事故、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力旧経営陣3人に対し、東京地裁は全員無罪の判決を下しました。勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長は、いずれも公判で無罪を主張していました。

判決は、3人が巨大津波の可能性に関する情報を聞いた2008~09年時点で対策を講じても事故前に完了できたかどうかは不明で、「事故を回避するには原発の運転を止めるしかなかった」と述べました。更に、巨大津波の可能性を示した政府機関の予測などに十分な信頼性、具体性はなく「津波による事故を予見可能だったとはいえない」と判断しています。

判決は「責任ある立場にあったからといって、法規制の枠組みを超えて当然に刑事責任を負うということにはならない」と言っています。

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私はこの事件、現行法では、業務上過失致死傷罪の成否は、どちらもありうるところだと思います。過失の有無の判断で、今回、予見義務では事前の津波予測は信頼性が低かったから否定、結果回避義務は、原発停止しか手段がなかったからこれも否定、ということでした。一方、津波予測がそれなりに信頼性があった、少なくとも社内での懸念があったことを重視すれば、予見義務を肯定することもあり得るでしょうし、防潮堤も対策になり得ると見れば、結果回避義務も肯定され得るでしょう。要は、主として事実認定の問題でしょう。

ただ、これほどの大事故を起こして、経済、社会に深刻な打撃を与え、今後少なくとも数十年間にわたる損害を我が国に与えた企業の経営者が、何の責任も負わないことについて、何かおかしい、これでは今後の事故抑止につながらないのではないか、という直観を抱く国民も多いでしょう。

私は、本件ではその直観は正しいと思います。現行法では今回の裁判はやむを得ないというか、あり得るものだとしても、無罪判決を「あり得ない」ものにする立法は必要だと考えます。理由は、これほどの巨額損害は企業が負いきれるものではなく、法人としての企業への罰金刑では抑止が働かないので、経営者個人に対する刑事罰による規律付けが必要と考えるからです。

日経は社説で、判決をはっきりと批判はしていませんが、立法論として、「法人に刑罰を科す制度を導入」することを検討すべき、としています。福島原発事故を踏まえてもなお、電力会社が規制委員会の求めるテロ対策を渋るなど、判断の甘さが変わっていないのが理由です。

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日本の刑事法では、法人に罰則規定を設ける場合は、必ず経営者等の個人責任とセットの、いわゆる両罰規定になっています。刑事責任とはあくまで個人責任をベースに考えるべきだから、という発想に基づいています。

これに対し、抑止効果を高めるためには、たとえ経営者個人に刑事責任を問いにくい場合でも、法人に刑事罰を科すべきでは、という議論もあります。こうした文脈で、イギリスの企業致死罪法が紹介されることがあります。経営者個人の過失の有無は、具体的な事故防止についての予見・結果回避義務ではなく、リスク管理上の責任によって判断する、つまりは経営者の刑事責任が成立しやすくする法律です。

企業活動で起きた業務上過失事件、法人処罰の在り方は - 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary

企業犯罪の効果的な抑止策とは~イギリスの企業致死罪法を例に~ 周振傑 助教 (2009年10月当時) – 早稲田大学 高等研究所

しかし、311のような巨大事故の場合には、たとえ法人だけに刑事責任を負わせたところで、抑止効果は上がらないでしょう。先にも述べた通り、企業の支払い能力をはるかに上回るような巨大事故では、よほど巨額の罰金刑を課したところで、企業全体でも、経営者個人でも、抑止に努力するインセンティブが変わらないからです。

このため、今後の事故抑止のためには、現行法での過失がなくても、甚大な損害をもたらす巨大事故で、電力会社のような公益的な大企業の場合に限って、刑法の責任主義の例外として、経営者個人への刑事責任を課すような、新たな立法を行うべきです。

(Responsible Corporate Officer Doctrine)+(Warren Act)⇒巨大事故で経営者有罪

参考にすべき立法例や考え方として、アメリカのResponsible Corporate Officer Doctrine(RCOD)と、エリザベス・ウォーレンが主張する大企業の刑事責任を拡張する法案があります。

Responsible Corporate Officer Doctrine(RCOD)は、アメリカの判例法で認められた原則で、企業が犯した犯罪につき、厳格責任(無過失責任)に基づき、企業経営者がその犯罪や違法行為の意図がなかったり、そもそも知らなかったりしても、経営者に刑事責任を問う、というものです。これは特に、連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Ac)について認められることが多い刑事責任です。

連邦食品・医薬品・化粧品法では、企業内のどこかで違法行為があり、被告はその行為を防止、修正できる立場にあったのに、被告がそれをしなかった場合、被告の刑事責任を問えることになっています。

この法理については、アメリカでもその当否が議論されているようです。やはり責任主義からの逸脱にはなりますし、要はやりすぎではないか、ということです。

The “Responsible Corporate Officer Doctrine” Survives to Perplex Corporate Boards

www.corporatecomplianceinsights.com

確かに、食品や医薬品のような分野では、経営者が相当の注意を払ったところで、何等かの損害が消費者に発生してしまう確率が比較的高いでしょう。経営者が、頻繁に無過失で刑事責任を問われるようでは、萎縮効果が大きすぎますし、刑事司法の在り方として行き過ぎという批判は一理あります。

一方で、先に述べた通り、巨大事故では法人への刑事罰では抑止効果が働かず、経営者個人の刑事責任を問う必要もあります。巨大事故の発生確率は低いので、経営者がそう頻繁に訴追されるようなこともありません。

そこで、311のような、国全体に数十年の損害を与えるような巨大事故に限って、一定規模以上の公益的な企業に限って、要は極めて例外的な場合について、経営者が無過失での刑事罰を負う、とすべきです。

このように、企業のもたらした損害、企業規模が一定以上の場合のみ、つまり巨大事故のときだけ大企業に限って刑事責任を加重する、という法制度は、エリザベス・ウォーレン上院議員が主張しています。

もともとは、ウェルズファーゴが200万もの架空口座を作って顧客に巨額の損害を与えたという事件を契機に立案されたもので、金融犯罪を一つの典型例として想定していますが、健康被害等にも適用可能な法案です。

この法案では、企業と損害の規模で要件が課されています。具体的には、年収10億ドル以上の大企業について、その違法行為がアメリカ全体の人口または州の人口の1%以上に対して、健康、安全、金融、個人情報上の損害を与えるとき、現行法より経営者の刑事責任追及を容易にする、というものです。ただ、経営者についてはあくまで過失責任を問うもので、その立証が今より容易になる、というものです。

www.warren.senate.gov

 批判はもちろんあります。ヘリテージ財団のサイトでは、「Koch associate at The Heritage Foundation」という、肩書にコークの名前が入った論者が、猛然と叩いています。コーク氏のダーク・マネーの分かりやすい影響です。

Elizabeth Warren’s Bill Would Punish Corporate Leaders for Wrongs They Didn’t Commit | The Heritage Foundation

大事故、大企業に限って、経営者への刑事責任を立証しやすくする、というこの法案、ウォーレンでさえ過失責任にはしていますが、311のような巨大事故の場合には一歩を進め、Responsible Corporate Officer Doctrine(RCOD)同様、経営者の無過失個人責任を刑事的にも認めるべきです。

以上は、立法論です。東電経営者に対する刑事訴訟は、控訴されなければこれで確定、控訴されて高裁、最高裁までいっても、現行法のままでは、やはり無罪になる可能性は十分にあります。たとえ上記のような立法をしたところで、事後法禁止の原則により、彼等に適用されることはありません。

この悔しさを、次の大事故では経営者個人に無過失でも刑事責任を問うことができるような、より厳しい法制度の実現につなげようではありませんか。