日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

アメリカの超富裕層15人の純資産9400億ドルは4300億ドルに半減:ウォーレン富裕税のインパクト

エリザベス・ウォーレンの富裕税を、もし1982年に導入していたら、アメリカの超富裕層15人の純資産は今の半分未満だったはず、という試算が出ました。この30年間に世界的に拡大した格差是正には、こうした富裕税導入は必要な改革です。

ウォーレン富裕税が1982年に導入されていれば、これほどの格差拡大はなかった

アメリカ民主党の大統領候補指名のための討論会が行われました。

トップを走るバイデンは集中砲火を浴びても結構タフで安定感を見せたようで、最近2位につけたウォーレンもまあまあの評価だったようです。

ニューヨーク・タイムズによると、この二人は、お互い安全策をとって批判し合わなかった、ということです。バイデンはもともとトップですし、ウォーレンも、黒人はじめマイノリティの支持があるバイデンを下手に叩かない方がいい、という作戦だったようです。こんな駆け引きの話も出てきて、選挙戦らしくなってきた感じです。

www.nytimes.com

 さて、この討論会でも話題には上っていましたが、討論会直前に、ウォーレンの富裕税について、新たな試算が示されました。一番インパクトのある数字で言えば、アメリカの最も富裕な15人に対して、もし1982年の時点でこの富裕税が導入されていれば、彼らの純資産は、現在の約9400億ドルから4300億ドルと、半分未満になっただろう、というものです。アメリカのメディアも取り上げていました。

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出所:CNBC

Worth of wealthiest if Warren's wealth tax had been enacted in '80s - YouTube

この試算を行ったのは、ウォーレンのアドバイザーとなっている経済学者達で、カリフォルニア大学バークレー校のエマニュエル・サエズと、ガブリエル・ザックマンの二人の教授です。出所は、以下の論文で、以下、引用の時には、Saez and Zucman(2019)とします。

https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2019/09/Saez-Zucman_conference-draft.pdf

ウォーレンの富裕税は、本ブログでも紹介してきましたが、以下のようなものです。

①純資産が5000万ドル(約55億円)以下の家計は非課税(99.9%の家計)
②純資産が5000万ドルから1億ドル(約110億円)の家計に純資産2%を課税
③純資産が1億ドル超の家計に純資産3%を課税

非課税の①の家計が全体の99.9%ですから、課税対象となる②、③の家計は全体のわずか0.1%、数にして、75000家計だとしています。

税収見込みは、10年間で2.75兆ドル(約300兆円)になる、と、以前から、サエズとザックマンは試算していました。

アメリカの超富裕層も賛成し始めた富裕税。日本の「休眠」金融資産は、①個人への資産課税、②企業への内部留保課税、③政府出資法人への行政改革で吐き出させ、有効利用すべき。 - 日本の改革

彼らの試算については、色々な批判がされてきました。たとえば、経済学者のローレンス・サマーズは、そんなに税収は上がらないはずだ、と主張していました。

www.washingtonpost.com

他にも、税収が上がらないだけでなく、この税は資本蓄積を阻害し、投資や技術革新等の経済活動に悪影響があるし、憲法違反ではないか、とも言われてきました。

https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2019-09-05/warren-wealth-tax-weighs-on-democrats

Saez and Zucman(2019)は、こうした批判に対して、かなり包括的に答えたものです。彼らは、執行体制さえしっかり変えれば、富裕税で当初予測した程度の税収は確保できるとしたうえで、純資産での上位0.1%の人口だけでも、課税ベースは12兆ドルに及ぶから、1%の税率だけで、1200億ドルの税収が上げられる、としています。それなら、先の試算の通り、10年間で、2~3%をかければ、2兆から3兆ドルの税収は確かに上がりそうです。

彼らはさらに、資本蓄積については、仮にアメリカの超富裕層の投資が減っても外国からの投資で相殺されうるし、この税制は超富裕層向けなので、政府が中産階級の貯蓄を逆に増やす政策をとれば、問題ない、と主張しています。また、技術革新への影響に関しては、超富裕層の資産を減らすことが私的独占を弱めて新規参入を促しうる、としています。

また、憲法上の疑義等については、極端な経済格差は民主主義をかえっておびやかす、と反論しています。

これらの様々な論点も大事ですが、ここでは再分配政策に話をしぼり、富裕税が実際に導入された場合の試算に戻ります。ここでは、1982年に富裕税が実際に導入されたら、現在のアメリカの超富裕層の純資産はどれくらい減っていたか、が試算されています。

この試算は、富裕税の中長期的な影響を調べるためでもありますし、もしも、経済格差の広がり始めた1980年代にこの税制があったら、今のアメリカはどんな社会になっただろうか、という思考実験という一面も持っています。

先に挙げた、トップ15人については、以下のように、現在の9425億ドルが、1982年以来の3%ずつの富裕税が30年以上続くと、4339億ドルに減る、と試算されています。

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出所:Saez and BUcman (2019)

アメリカのメディアでは、大金持ちの資産をこれほど減らしてしまう税制はおかしい、という批判がある一方、それでもまだ数百億ドルもの資産を確保できてるじゃないか、というコメントもあります。

私は、この程度の資産格差の是正は、政府は行って構わない、と考えます。アメリカという国の政治文化や公平感は日本とは違うでしょうが、それでも、現在のアメリカの経済格差はゆきすぎで、それがアメリカの政治を危うくもしており、世界全体にとっても有害だと思うからです。

トップ15人だけではなく、フォーブズが挙げるトップ400人の富豪の資産全体のシェアについて、富裕税があった場合となかった場合とで、比較したグラフを、Saez and Bucman(2019)をもとに、ニューヨーカー誌が載せています。

The Growing Debate Over Elizabeth Warren’s Wealth Tax | The New Yorker

このように、富裕税は、ごく少数の超富裕層の資産のシェアをいくらか下げますが、それでも、超富裕層のシェアはおおむね上がり続けています。大金持ちの個人の活力を奪うほどのことではないでしょう。

今では、下のグラフの通り、アメリカのトップ1%が、下から95%と同じ程度の資産を持つようになっています。こうなると、アメリカの社会が、同じ「国民」として統合を続けること自体、難しいのではないかと思います。

Elizabeth Warren to propose new ‘wealth tax’ on very rich Americans, economist says - The Washington Post

トランプ大統領は確かに無茶苦茶ですが、それでも、こうしたアメリカの変化を背景に生まれた大統領であり、その意味で、民意を得て就任しました。彼はその就任演説で、

「既得権者は自分達を守ったが、国民を守らなかった」

と言いました。自由貿易協定や移民受け入れという、本来は国民を豊かにし、アメリカ経済に活力を与えるはずの政策が、なぜこれほど嫌われ、自由貿易等のメリットを感じられるアメリカ国民がなぜこれほど少ないのか。ほんの一部の超富裕層が国民全体を犠牲にしている、という感覚が広がりすぎて、国民としての統合が失われてきたためでしょう。アメリカ社会を分断しているのは、一大統領の暴言や放言ではありません。

Saez and Zucman(2019)は更に、富裕税が、税制全体をどの程度公平にするか、という分析も行っています。アメリカでは、税制上は累進性が残っていても、各種の抜け穴によって、実効税率と言う点では、税の逆進性が生じています。

下のグラフは、アメリカの連邦・地方全部の税金について、個人の税収/所得=実効税率(縦軸)と所得階層(横軸)の関係を示したものです。グレーの〇が付いた折れ線が現状ですが、おおむね比例税制に近いうえに、トップの超富裕層だけ、急激に税負担が小さくなっています。富裕税を導入すれば、これを白い〇が付いた折れ線のように、彼らにも累進税を課すことが出来ます。

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出所:Saez and Bucman(2019)

これと似たグラフは、以前、本ブログで紹介しました。日本で金融所得税が分離課税の低税率になっていることから、なんと日本の所得税は極めて強い逆進性を持ってしまっている、として、金融所得課税の強化を訴えたときに挙げたものです。富裕税であれ、所得税であれ、こうした逆進性は解消しなければ、国民の統合が図れません。下のグラフ、右下がりの部分を右上がりになるまで上げないとダメです。

日本については、まずは所得税について、国民的理解が得られるような累進課税として、日本ではアメリカよりさらに少ないごくごく一部の超富裕層については、ウォーレン富裕税を導入すべきです。

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所得再分配のため、米国民主党議員は大金持ちに課税しろと言い、日本の旧民主党議員は消費税率を上げろと言う。 - 日本の改革

このように、所得・資産分配の格差を是正し、経済と権力の私的独占を排して、自由で活力ある公正な社会にするために、ウォーレンの富裕税は有力な手段ですが、問題は実現可能性です。

意外なことに、以前もブログで書いた通り、超富裕層の一部は、自分達にもっと課税すべきだ、として、ウォーレンの富裕税をわざわざ挙げて、それを評価しています。

アメリカの超富裕層も賛成し始めた富裕税。日本の「休眠」金融資産は、①個人への資産課税、②企業への内部留保課税、③政府出資法人への行政改革で吐き出させ、有効利用すべき。 - 日本の改革

米「スーパーリッチ」18人、富裕税導入を大統領選候補者に要望 - BBCニュース

An Open Letter to the 2020 Presidential Candidates: It’s Time to Tax Us More

本音はともかく、超富裕層が、ウォーレン富裕税を強く意識し、しかもそれに表立って反対すべきではない、と考えているのが分かります。

では、その本音はどうなのか?CNBCによると、ウォール街の経営者達はウォーレンの支持率が上がっているのを本気で嫌がっていて、止めなければいけない、とまで言っているそうです。

www.youtube.com

今のところ、富裕税どころか、ウォーレンは、大統領にも、民主党候補にも、なれるかどうか分かりません。まだまだ抵抗は大きいでしょう。しかし、この税制は、6割超のアメリカ国民の支持を集めています。ウォーレン自身の成否はどうあれ、現在のアメリカを含めて格差が広がりすぎた社会には、有益な制度であり、日本を含めた国際社会でも、導入をすべきです。