日本の改革

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デイヴィッド・コーク氏の死去:アメリカのダーク・マネーは、政治よりも思想で日本に影響か

アメリカの政治に最も影響力が強い実業家とされるコーク兄弟の一人、デイヴィッド・コーク氏が死去。「ダーク・マネー」とも称されるコーク兄弟の資金力は、実際のところ何に、どの程度あったのか、見てみます。

デイヴィッド・コーク氏の死

5日前になりますが、8月23日、米エネルギー産業の大手コーク・インダストリーズの元経営者で、世界的な大富豪として知られるコーク兄弟の弟、デイヴィッド・コーク氏が死去しました。

米富豪デービッド・コーク氏死去 政界に多大な影響力 :日本経済新聞

コーク・インダストリーズは、石油・石炭・天然ガスアスファルト・プラスチック・パルプ紙等に係るコングロマリットです。デイヴィッド・コーク氏は、兄のチャールズ・コーク氏とともに、アメリカの政界・政治への影響力が最も影響力が大きい実業家として知られていました。純資産は500億ドルと言われています。

www.wsj.com

(ちなみに、日本の富豪では、ファーストリテイリング柳井正氏が1位で2兆7000億円超、ソフトバンク孫正義氏が2位で2兆60000億円超、等々です。)

日本長者番付 by Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

では、実際にどれくらい影響力があったのでしょう?選挙と政治倫理、トランプ政権での政策、思想、の三つの分野で、日本人の私から見て目につくところを拾ってみます。私は、日本について言えば、コーク家の最大の影響は、経済政策に関する思想にあると思いますので、最後にふれます。

選挙と政治倫理

選挙について言えば、個々の政治家や個別の選挙区での情勢に影響を及ぼした、という話はいくつかあるようですが、それくらいのことなら、日本でもよく聞きます。静岡の選挙なんて、この間の参院選を見れば分かる通り、スズキの会長が大勢を決めていますし。

コーク兄弟が選挙で一番見事な成功をおさめたのは、おそらく、2010年の中間選挙で、民主党が多数だった下院を共和党多数に逆転させたことだろうと思います。コーク兄弟だけの力でないのはもちろんだとしても、国政で議会の構成を変える大きな力となった、というのは、ただごとではありません。

もう昔懐かしい名前となりましたが、ティーパーティーという草の根保守運動に対して、実はコーク兄弟が資金援助をしていたということです。2008年にオバマが大統領に当選したときには、上下院とも民主党、大統領も民主党ということで、コーク兄弟だけでなく、アメリカの経済団体や富裕層が危機感を持ち、巻き返した結果のようです。(後掲のジェイン・メイヤー『 ダーク・マネー―巧妙に洗脳される米国民』 (東洋経済新報社. Kindle 版))

それ以上に大きいのが、政治倫理の面での影響力です。コーク兄弟は、政治献金の上限を事実上撤廃する規制緩和を実現した、と言われています。内容は、日本では通常考えられないような話ですが、要するに裁判官を接待で篭絡した、ということです。

以下、中立性には難ありですが、エリザベス・ウォーレンの著書『この戦いは私たちの戦いだ』(大橋陽訳、蒼天社出版)p247~250によると、コークの基金団体や全米商工会議所、それにエクソンモービル等は、裁判官達を豪華な別荘に招待してタダで接待し、代わりに財界寄りのセミナーに出席させる、ということを日常的に行っているようです。日本でも程度問題で多少はあるかもしれませんが。

コーク兄弟は、長年こうした活動をしてきたうえで、2008年にパームスプリングスでのそうした接待に資金を出し、最高裁判事のスカリア氏とトーマス氏を招待したそうです。そして、2010年、この二人が審理に加わったシチズンズ・ユナイテッド事件で、企業による政治献金に上限を設けることが憲法違反とされました。

これで、アメリカでは政治資金の上限が事実上撤廃され、大企業がいくらでも選挙にお金を使えるようになりました。スカリア判事はその後、コークだけでなく他の富裕層がお金を出した海外旅行に何十回も行ったそうです。このスカリア判事が亡くなった後の後継判事の指名についても、コーク兄弟は、共和党上院議員を通じて口を出したということです。

この戦いはわたしたちの戦いだ―アメリカの中間層を救う闘争―: アメリカの中間層を救う闘争

この戦いはわたしたちの戦いだ―アメリカの中間層を救う闘争―: アメリカの中間層を救う闘争

 

 トランプ政権の政策について

トランプ政権の政策への影響についてですが、そもそもコーク兄弟のようなエスタブリッシュメントの大富豪と、二代目とは言え叩き上げ不動産屋のトランプ氏とは折り合いが悪いようです。2016年の大統領選でも、コーク兄弟はトランプ氏を予備選で追い落とす可能性さえ報じられていました。が、副大統領のペンス氏を通じて影響は及んでいるようです。また、両者とも、結果的に利害が一致する分野もあります。

特に、環境問題については、コーク兄弟こそがアメリカの環境規制を後退させている、として、しばしば批判されています。今回の、デイヴィッド・コーク氏の死去にあたっても、ニューヨーク・タイムズは、最近コーク兄弟についての本を書いたクリストファー・レオナード氏の論説記事を載せています。

レオナード氏によると、コーク・インダストリーズ社は石油ビジネスに関わっているので、炭素税等の環境規制に大反対。1990年に父ブッシュ政権温室効果ガスの排出権取引を導入しようとすると、1991年から、自分達が資金を拠出するケイトー研究所等を通じて、温暖化の存在は疑わしい、という主張を広めていきました。その後も、炭素税導入を主張する議員を落選させたりするほか、ペンス副大統領を含む政治家たちに、Americans for Prosperityという団体を通じて、カーボンプライシングに反対するよう約束させている、ということです。

www.nytimes.com

トランプ政権は、以前も本ブログで書いた通り、環境規制については大幅に緩和しました。これがコーク兄弟の努力によるものかどうか、完全には分かりませんが、日本総研の瀧口信一郎氏は、「トランプ大統領が現実的な 対応をするのであれば、コーク兄弟 と連携を強めることは理にかなって いる」として、影響を示唆しています。

また、瀧口氏は同様に、トランプ政権の法人税の大幅減税も、コーク兄弟の主張と一致することを指摘しています。

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/pdf/company/publicity/2018/1802_takiguchi_02.pdf#search=%27%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%85%84%E5%BC%9F%27

ただし、貿易の分野では、トランプ氏とコーク兄弟とで、考え方は正反対です。

去年7月、コーク・ネットワークという団体の一部幹部が、トランプ大統領の貿易政策が景気後退を招くとの懸念を示し、共和党候補への支持を取り下げたい意向だと報じられたのに対して、トランプ氏は怒りのツイート。ロイターの孫引きですいませんが、

「本物の共和党サークルではまったくの冗談と化したグローバリストのコーク兄弟が、強固な国境、強力な貿易に反対している。私は彼らのカネやひどいアイデアを必要としていないので、一度も彼らの支援を求めたことがない」

と罵倒し、ネットワークは「過大評価されている」と叩いたそうです。

トランプ氏、反保護主義掲げるコーク兄弟の党支持組織を罵倒 - ロイター

やっぱり、政策については一致することがあっても、アメリカ・ファーストのポピュリストであるトランプ氏と、リバタリアンでオールド・マネーのコーク兄弟では、理念が全然違うのでしょう。

思想上の影響:小さな政府論、政府の失敗

このコーク兄弟は、既に1970年代から、企業の利益を守る目的で保守的な政治思想を広める運動を、長年にわたって計画的に行ってきたと言われています。ジェイン・メイヤー『 ダーク・マネー―巧妙に洗脳される米国民』 (東洋経済新報社. Kindle 版)から引用します。

(引用者注:チャールズ・コーク氏は)1978 年には、「 われわれの運動 は現状の国家統制主義者のパラダイムを破壊しなければならない」と宣言 した。

この目的のために、 コーク 兄弟は並外れた長期的な思想闘争を行なっ た。 無関係に見えるようなシンクタンク、 学術プログラム、多種多様な 支持団体のネットワークに補助金を投入し、自分たちの意見を全国的な政治論議に割り込ませた。ロビイストを雇って、議会で自分たちの権益を推し進め、政治運動員を雇って、現場での政治運動を勢いづけるまやかしの 草の根運動集団を創りあげた。さらに、法曹団体や司法関係者の遊興に金 を出し、裁判で自分たちの主張を無理に通させた。そしてついに、共和党と肩を並べ、脅かし、併呑しようとする私的政治マシーンが、陣容にくわわった。 この行動主義はおおむね秘密のベールに隠され、 フィランソロピーの形をとるので、 大衆が追跡できるような金の流れの跡を残さない。

ジェイン・メイヤー. ダーク・マネー―巧妙に洗脳される米国民 (Kindle の位置No.405-414). 東洋経済新報社. Kindle 版.

ダーク・マネー

ダーク・マネー

 

 その後、1980年の大統領選に、リバタリアン党というしょぼい政党を作ってチャールズ・コーク氏が自ら出馬して惨敗。得票率は1%だったそうです。

そこで、もっと長期的なプランに切り替えたようです。立案したのは、コークが資金を出しているケイトー研究所のリチャード・フィンクだそうで、以下のような方針でした。

第1段階で必要なのは、知識人への「 投資」だった。知識人の思想は、「 原料」の役目を果たす。第2段階では、思想を市場で通用する政治に変えるシンクタンクに投資する。そして第3段階では、「 特別利益団体」とともに選挙で選ばれた公職者に圧力をかけ、政策を実施 せる「 市民」集団 に、助成金を提供することが求められる。

ジェイン・メイヤー. ダーク・マネー―巧妙に洗脳される米国民 (Kindle の位置No.4709-4712). 東洋経済新報社. Kindle 版.

こうして、第1、2段階として、大学や保守系シンクタンクに多額の寄付を行ってきました。この大学の一つに、ジョージ・メイソン大学があります。ここにいたのが、ジェームズ・ブキャナンという経済学者で、公共選択という経済学の一分野を開拓した人で、その業績により、ノーベル経済学賞も受賞しました。

ブキャナンの考え方は、市場は失敗することもある(環境汚染や情報の非対称性による非効率等)が、それを是正しようとする政府が失敗することもある、特に、民主主義の下では財政支出が非効率的な水準まで増えてしまう可能性がある、ということを主張した学者です。

彼が開拓した公共選択という分野は、議会、官僚等の「公共」的な主体が、実は私的動機に基づいて政策等を「選択」してしまうという問題を正そう、というものです。日本では、特に慶應義塾大学経済学部の教授だった加藤寛氏によって広められ、日本公共選択学会というものも出来ています。加藤氏は郵政民営化にも賛成の論陣を張ってきた人で、小泉純一郎元総理も、加藤氏のゼミの出身でした。いわゆる「小さな政府」論が日本に広まった多くのルートの一つです。

コーク家の影響と日本への意味

以上、まとめると、コーク家の影響は、

①選挙では、かつてはティーパーティーを通じた成功があったものの、その運動はその後収束。オバマ政権後は、馬の合わないトランプ政権ですし、去年の中間選挙では下院を民主党にとられました。コーク家は個々の政治家には震え上がるような存在のようですが、さすがに議会の構成を変えることはめったに出来ていないようです。

②政治倫理の分野では、政治資金の寄付上限を撤廃という驚くべきことを実現したと言われています。これは大きな影響ですが、トランプ氏は自前の資金でコーク氏に盾をついて当選しましたし、民主党のウォーレンやサンダーズは、小口献金で多額の政治献金を集めて、キャンペーンを行っています。寄付の上限がないというのはさすがにまずいとは思いますが、そんな不利な状況でも、戦いようはありそうです。

③政策上の影響で言えば、やはり環境政策では相当悪影響があります。環境政策を重視するなら、コーク氏らはトランプ氏ともども、倒さないといけないでしょう。減税については、米国企業が国内回帰したという評価もありそうですし、企業が法人税減税を主張するのは当然であり、比較的無害な話です。貿易政策については、米中冷戦を経済だけの問題として見るのは、これも世界中の企業どこもそうでしょう。

④以上のように見てくると、コーク兄弟が莫大な資金力を通じて、アメリカの政治を歪め、日本の政治にも影響を及ぼしうるもの、そうした危険が一番あるものは何かと言えば、経済政策についての思想ではないかと思います。

社会科学の分野でアメリカの知的権威は日本の比ではなく、常にアメリカは参照される存在です。その「お手本」がどのような内容か、誰がどのようにして、ある思想や学問を重要で正しいと決めているのか、日本は日本の政治・経済・社会の実態を踏まえつつ、学ぶべきところを学ぶべきです。

この40年間、日本の政治が目指すべき一つの形として、「小さな政府」というモデルがあります。ブキャナンの公共選択も、基本的にはそうした方向を目指すべきというものですし、日本でもそうした方向での行政改革が進められてきました。

しかし、この行政改革を最も徹底して行ったと思われている橋下徹氏は、おおさか維新の会の立ち上げの際、党の基本方針を、「小さな政府」ではなく、「小さな行政機構」としました。政府のすることは大きいかもしれない、たとえば、教育は無償化するべきだ。だが、それを行う行政機構は効率的で小さなものであるべきだ、という考え方です。

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アメリカやヨーロッパの思想や社会科学には、大いに学び、政策に生かしていくべきですが、当たり前のことながら、そうした思想等の背景には十分注意すべきでしょう。