日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

東京裁判の遺産は、国際法に「個人」を持ち込み、自由主義・民主主義発展の元となったこと。国際社会は、この遺産を正しく使うべき。

東京裁判は、国家の行った戦争に対して、個人の責任を追及したという点で、画期的な意味を持ちます。国際社会は、東京裁判の遺産を正しく使い、戦争被害に関する諸国民の個人的請求をより積極的に認めるとともに、中国や北朝鮮のような無法国家の自由化・民主化のために一致結束するべきです。

東京裁判で反対意見を書いたレーリンク判事

終戦の日に、東京裁判について考えます。

東京裁判ニュルンベルク裁判は、これが裁判の形をとった復讐劇だったとか、裁判の時点で存在しなかった「平和に対する罪」で裁いたのは遡及処罰の禁止(事後法の禁止)にふれるとか、戦争という国家の行為に基づいて個人を裁いたのはおかしいとか、色々な批判があります。

確かに、二つの裁判は名こそ裁判ですが、実際は行政命令によって構成された裁判所によって行われたのですから、これは政治・行政の一貫として行われたという一面は最初からあります。勝者の裁きというのは確かにその通りで、裁判所の構成から事実認定まで色々と不公平は指摘されています。一方で、曲がりなりにも裁判の形をとったので、その後の国際法の原則に影響するような、大きな意味もあります。

2019年という時点で重要なのは、もともと当時の政治・行政の一貫として行われた裁判手続きのあれこれを批判するよりも、あの裁判の結果残ったいくつかの重要な原則を、今後の各国の内政や国際社会で生かしていくことです。

二つの裁判の特に重要な遺産は、それまで主権国家が権利義務の主体となっていた国際法について、個人の責任を持ち込んだことです。また、自由主義・民主主義に反する国家の主権を、個人の権利によって制限する余地を与え、戦後の自由主義・民主主義の発展の基礎となったことです。

これは、東京裁判の最近の研究でも言われていますし、東京裁判の判事も言っていることです。

 D.コーエン、戸谷由麻(2018)『東京裁判「神話」の解体 ──パル、レーリンク、ウェブ三判事の相克』 (ちくま新書)は、東京裁判について、反対意見を書いたパルとレーリンクをディスって、ウェブ裁判長を持ち上げている本ですが(笑)、内容は至って正統派で、色々と勉強になりました。パル判事の判決について日本で過大評価され過ぎているというのは、私も実感します。後に紹介するレーリンク判事の本でも、パルは最初から無罪判決を書くと決心して日本に来たというのだから、予断がありすぎました。

この本では、国際法における個人責任原則の導入が、二つの裁判の重要な貢献であり、それは現在の国際刑事裁判所にも生かされているし、日本も旧ユーゴ、ルワンダカンボジアの国際刑事裁判に貢献をしている、だから、東京裁判は勝者の裁きだ!おかしい!とばかり言いなさんな、と、かなり旗幟鮮明に主張しています。 

いずれにせよ、国際法への個人責任原則の導入を、東京裁判の重要な貢献と見ています。

東京裁判「神話」の解体 (ちくま新書)

東京裁判「神話」の解体 (ちくま新書)

 

 次に、東京裁判で反対意見を書いた、オランダのレーリンク判事についてです。彼については、昨年、詳細な日記が見つかったとかで、産経が大喜びで?取り上げていました。マッカーサーとの対話とか、原爆投下後の広島上空を飛んだときの「荒涼として悲惨な土地だ」という感想だとか、興味深いエピソードが見られます。

www.sankei.com

が、産経の紹介の仕方には、異議があります。レーリンクは確かに一部被告は無罪との意見を個人的には持ち、量刑について反対意見を書きましたが、東京裁判自体については肯定的でしたし、パル判事とは明らかに意見が違いました。にもかかわらず、彼が東京裁判について批判的に書いた部分だけを紹介しているからです。

以下、レーリンク自身の回想録から、いくつかピックアップしてみます。産経が言ってほしそうなこととは全然反対のことも言っているのが分かります。ページ数は、以下の本のものです。B・V・A・レーリンク (著), A・カッセーゼ (著), 小菅 信子 (翻訳) (2009)『東京裁判とその後 - ある平和家の回想』 (中公文庫)

東京裁判とその後 - ある平和家の回想 (中公文庫)

東京裁判とその後 - ある平和家の回想 (中公文庫)

 

 まず、東京裁判自体についての位置づけです。果たして、単なる勝者の裁きと見ていたかというと、そんなことはありません。

より重要な問題は、私が思うに、東京裁判が公正な裁判として設置されたのかということです。日本の新聞や雑誌の論評の中には、起訴された者が公正な裁判を受けることになるのかどうかについての議論がありました。私が思い出すのは、ある時あまりかの週刊誌が、やはり『タイム』誌だったと思います、「公正な裁判をして絞首刑に」と主張したのですが、日本人にしてみれば、東京裁判はこれから上演されるだろう芝居がかったパフォーマンスみたいなものだということを、多かれ少なかれ示唆するものでした。私は、裁判をそんなふうには考えていませんでした。なぜなら、被告人に無罪を宣告して、一定の訴因は証明されなかったと判断するのは我々裁判官の自由だったからです。

p57

ということで、当時からただの政治ショーだと批判はあったものの、レーリンクは十分意味のある裁判と考えていました。

個々の被告に対する判断では、多数意見とは違っています。たとえば、平和に対する罪を問えるのは、政治的決定を下すことのできる政治家だけで、戦争に専念していた軍人は除くべき、と考えていました。

もし有罪としたら、軍人が戦争の性格を判断する義務を負ってしまいます。すると彼らは戦争に際して彼らの職務を全うするという国内的義務に従わない国際的義務を有することになり、軍部が外交政策まで監視し、最後には外交に口をはさむようになってしまいます。これはおかしい、ということで、平和に対する罪で有罪とされるべきは、侵略政策を「決定した」者に限られるべき、と主張しています(p80-81)。

これが、被告の中で「ひたすら戦争を戦った唯一の軍人」畑陸軍元帥を無罪と判断する理由となりました。

また、広田弘毅外交政策について、日本が東南アジアで欧米宗主国の影響を排する方針につき、「アジア人のためのアジア」という思想が背景にあるとして、肯定的な評価をしています(p97-99)し、重光葵について、危険を顧みず平和を模索していたのだから、訴追自体が不当だったと批判しています(p127)。

一方で、レーリンクは、ニュルンベルク裁判における「人道に対する罪」を「国際法における革新」として高く評価しています。

国際共同体は、国家主権の立場からそれを扱ってはいませんでした。その新奇さは、そのような行為がいまや国際犯罪と考えられるに至ったということ、「人道に対する罪」の承認によって国家主権は〈国内〉問題においても制限を受けるという点にありましたー同様に、国家主権は〈対外〉問題については平和に対する罪で制限を受けることになったわけです(p121-122)。

これが1948年のジェノサイド禁止条約へつながり、平時でも戦時でも適用されるようになったのだから、これは国際法の重要な漸進的発展だ、としています。

更に、1945年当時に国際法で犯罪とされていなかった行為について刑罰を科すのは、遡及処罰の禁止(事後法の禁止)にあたるのではないか、という批判については、一面では認めつつ、国際法における政治的な判断としてやむを得ない、としています。

私の反対意見で、私は国際法において「犯罪」という語は別の意味を持った概念に当てはめられると論じました。それは国内法における政治的犯罪に例えられる行為をさしますが、そこでは決定的な要因は〈有罪〉よりもむしろ〈危険性〉であり、犯罪者は〈悪人〉というよりもむしろ〈敵〉としてとらえられ、処罰は〈報復〉の表現というようりもむしろ必要な〈政治的措置〉の反映と見なされます(p141)。

この点は、最初に紹介した、コーエン・戸谷は厳しく批判しています。政治的判断で罰するのでは、法的判断ではないではないか、と。そして彼らは、ウェッブ裁判長は、1928年のパリ不戦条約について日米両政府で侵略戦争はしないとう黙示の合意があったという理屈で、遡及処罰ではないと言っている!そちらの方が正しい!と言うのですが、これはちょっと無理筋でしょう。

レーリンクはむしろ、事後法による処罰だということを正面から認めたうえで、以下のように論じます。

そうした刑を理解するには、二つの裁判で適用された「平和に対する罪」は非常に特殊な意味の「犯罪」であって、その発展過程においていまだ熟さない段階にある犯罪の概念だったと考えるしかないのです。判決は侵略戦争の違法化の重要な一歩だったのです。それが判決の歴史的意義なのです(p143)。

そして、事後法の禁止は比較的新しい法原則だとしています。それはフランス革命を通して導入され、ヨーロッパで一般的に受け入れられました。自由と正義を守るために必要な原則です。

しかし、立法者が誤りを犯していたため、あるいは立法者が後に起こる特定の事件に対して想像力を働かせることをせずに法がある行為を禁止することを怠ったとすれば、事情は全く違ってくるでしょう(p144-145)。

として、事後法による遡及処罰であっても問題ない、としています。

罪刑法定主義の教科書的な説明によれば、明文の規定がなければ犯罪として処罰できない、処罰できないことがどんなに不都合だとしてもそれが原則だ、どうしてもおかしいならば、国会で法律を作るべきだ、ということになります。

しかし、実際のところ、そこまで厳密にこの原則は守られてはいません。日本の国内法だけをとって見ても、共謀共同正犯などという全然どこの条文にも書いていない犯罪類型が、長らく判例として確立していました。これを罰することが出来なければ、暴力団の親分が鉄砲玉に命じる殺人で、親分は殺人教唆にしか問えないではないか、ということで、理屈はともかく断固として親分を正犯として罰してきたのです。これだって、少なくとも最初の判決は、遡及処罰の禁止にあたると言えなくもありません。

レーリンクの議論を続けます。

後になって、人権の発展は遡及法の禁止を国際法に導入しました。しかし、一九六六年の国際人権規約でさえ、そして一九五〇年の欧州人権条約も、その行為が「諸国家の共同体によって承認された法の一般原則」にしたがって犯罪と認められるケースには特別な例外を設けています(p147-148)

このようにしてレーリンクは、東京裁判ニュルンベルク裁判での、平和に対する罪も人道に対する罪も、裁判の時点では犯罪でなかったのを否定できないと率直に認めたうえで、それでも、時代の変化に合わせて、正義に反する国家を許さないためには、正しい選択だったんだ、と主張しています。

更に彼は、この二つの裁判は、公正の点で問題があり、政治的意図をもって行われたことも認めたうえで、その意図はどうあれ、良い結果をもたらした、としています。

二つの裁判ともその根本に悪意があったこと、政治目的のために悪用されたということ、不公平であったということは真実です。しかし、戦争の違法化に巨大な建設的貢献をして、世界はいま国際関係における戦争の政治的・法的地位の根本的な変化を強く必要としています(p183-184)。

ニュルンベルク裁判は、こういう意味での「犯罪的国家」が存在する時、世界共同体はその政府の犯罪的命令に反対する個人に頼らなければならないと言わんとしていたのです。ですから、特定の問題ー平和に対する罪、人道に対する罪、そして戦争法違反ーに関して、個人には関連する法規を独自に解釈し、犯罪的命令に反対する国際的義務があるのです。これはかなり異例で、むしろ革命的なものです(p216)。

 私も、こうした見方に賛成です。

東京裁判について、一日本国民として、色々と問題点は感じます。しかし、戦争の違法化と自由主義・民主主義の発展のためには、この二つの裁判は極めて大きな貢献をしたのであり、日本も、国際社会も、その遺産を正しく使うべきだと考えています。

東京裁判ニュルンベルク裁判の遺産は、どう生かされるべきか?

では、二つの裁判の遺産は、どう生かされるべきでしょうか?

まず、国際法における個人主義の導入という点は、今後更に徹底されるべきです。今でも、国際法は基本的には主権国家が単位の法律関係を規律するものとなっています。それは必要なことではありますが、その基礎となるのは、その国家に帰属したい、その国家の個性を生かしたいと考える諸国民の意思に求められるべきです。将来的には、国際法における法律関係を、出来る限り個人の法律関係に還元して紛争処理を行えた方が本当は良いでしょう。

そこまでいかなくとも、既存の国際人権法、国際人道法の執行を、国際社会全体がもっと徹底して行うべきです。もちろん、各国の軍事力・経済力で出来ること、出来ないことはあります。しかし、少なくとも、中国、北朝鮮のような無法国家の人権弾圧について、「内政干渉だ」などという言い訳は一切許してはいけません。これを許さなくてよくなったのが、東京裁判ニュルンベルク裁判の成果なのです。仮に中国と北朝鮮民主化が達成されたとき、自国民を弾圧してきた支配者たちを事後法によって厳しく裁くことが出来るようになったとしたら、それは日本とドイツの犠牲があったからこそなのです。

更に、国際関係について、個人の責任を問うだけでなく、個人の権利を、一層強く守るべきです。東京裁判も、ニュルンベルク裁判も、戦勝国の犯罪は裁かれませんでした。その欠陥を、日本国民やドイツ国民が、個人の権利行使の形で正すことも、当然許されてよいはずです。

私はこれを、皮肉や反語で言っているのではありません。東京裁判ニュルンベルク裁判の価値を貶め、相対化しようというのでもありません。いわゆる「そっちこそどうなんだ主義(Whataboutism)」ほど下らない幼稚な論法はないと思っています。

アメリカだって無差別大量虐殺をしたじゃないか、だから、日本の戦争犯罪なんて認めなくていいんだ。」

こんなバカバカしい物言いはもうやめようじゃありませんか。東京裁判の結果を受け入れ、当時の日本の過ちは認めて謝罪すべきところは謝罪する、そして、国同士で解決したとしても、日本国民がアメリカ政府に個人請求権を行使することは、当然認められるべきです。アメリカ国民の個人請求権もあることでしょう。

もちろん、現在の日米関係を考えて、日本政府が代わりに個々人に賠償・補償をするのも一つの手段です。しかし、日本政府は、空襲被害を受けた民間人を救済しようとしません。むしろ、「文句があればアメリカ政府を訴えたら?無理だと思うけどね」というバカにしきった態度を日本国民にとっています。これを動かそうと思ったら、本当にアメリカ政府を集団で訴えたら、日本政府も目を覚ますのではないでしょうか。

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日中・日韓においても同様です。「双方の国民からの」個人請求権をお互いに認めるべきです。これまで、国際法は国家間の法律関係だから、請求権協定があるから、という理由で否定されてきた権利も、出来る限りお互いに認め合う形にするべきです。

こうして、どの二国間においても、「双方が」「個人の」権利を行使し合うことを認めれば、かえって、どの二国間でも妥協の余地が生まれるのではないでしょうか。そうして生まれた妥協は、両国民一人一人の権利を考えたものになるのですから、以前の国家間の関係よりも一層信頼関係を深くすることさえ期待できるでしょう。

このようにして、これまで国家間の関係だから、国際法の問題だから、個人の権利行使は出来ないと思われていた分野で、出来る限り個人の権利も認めていくようにするべきです。現実的には、最終的に国家間で処理すべきことになったとしても、出発点として、個人の権利を保障すべきだ、という主張に基づいた関係を築いていくべきです。

そして、国際関係にこのような新たな可能性を開いたのは、東京裁判ニュルンベルク裁判なのです。戦後74年たった今、二つの裁判について、その良い面を生かしていくべきです。