日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

受動喫煙や男女差別等の古く悪しき社会習慣を変えるため、「ナッジ」「ブースト」等の行動科学の知見の利用を!

受動喫煙、男女差別等、単なる強制や補助金等だけでは、解決の難しい問題が増えています。こうした問題には、「ナッジ」等の知見(同調効果や損失回避等)を利用して、社会的に望ましい行動を選択させる手法が有効です。人々の価値観や慣習自体を変えることも見込めますし、民間で実施可能なものもあるので、更に普及させるべきです。

なぜ受動喫煙や男女差別はなくならないのか

 受動喫煙や男女差別は、なかなか解消されません。受動喫煙はタバコ産業や業界・政治家の利権、喫煙者の依存症等の問題があり、男女差別については、男性が女性を合理的な理由なく差別して自分達の利益を守っているという社会的な仕組みが原因です。

こうした、社会のハード面での問題を解決するには、ハード面の政策手法、たとえば、望ましくない行動をとったときに、規制による刑罰・罰金を課す、または、望ましい行動をとったときに補助金を与える、等の手法が必要です。

一方、それに加えて重要なのは、こうした社会的に望ましくない行動が、既に一部の人々の内的な倫理観とまで化してしまって、牢固とした社会習慣・社会規範として定着しているからでもあります。

こうした、社会のソフト面での問題を解決するには、ハードの政策手法だけでは不十分です。受動喫煙や男女差別について、現状は、規制のようなハード面での政策も不十分ですが、人々のものの見方、価値観自体にも影響を与えるような、広報や啓発等、ソフト面の政策も求められています。

また、問題によっては、そもそも規制や課税等の強制を行いにくい分野もあります。たとえば、かつての日本のように、夏にもネクタイとスーツの上着を着けるという社会習慣を是正すべき場合等です。政府や自治体に強制されたわけでもないのに、民間での仕事上の習慣として定着してしまったけれど、冷房の設定温度が必要以上に低くなったり、国民の心身の健康にも悪いという場合、政府が軽装を強制するのは難しいでしょう。

そこで、小泉政権の頃に始められたのがクールビズでした。冷房の設定温度が高すぎるのではないか等、まだ問題点も指摘されますが、服装に関しては、完全に定着しました。クールビズの政策手法は、基本的には広報啓発活動という、強制によらないという意味で、ソフトな政策手法によるものでした。内閣府世論調査によれば、既に2009年の時点で、国民の8割超が賛成する政策となっています。

https://survey.gov-online.go.jp/tokubetu/h21/h21-cool.pdf#search=%27%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%93%E3%82%BA+%E4%B8%96%E8%AB%96%E8%AA%BF%E6%9F%BB%27

「ナッジ」等の行動科学上の知見の利用

最近、こうしたソフトな政策手法として注目を集めているのが、行動経済学認知心理学の知見を生かした政策手法です。これは、特定の行動を強制はしないけれども、選択肢の幅を狭めたり、選択肢の提示の仕方を変えることで、社会的に望ましい行動を国民・住民が選ぶようにする、というやり方です。

特に、「ナッジ(Nudge)」という手法が知られています。もともとこの言葉は、肘でつついて、何かするように促すという意味のようです。行動経済学者のリチャード・セイラーが、人間が行動するときの色々なクセを理論化し、ナッジという名前で政策プランへの応用も含めて提案して、普及してきたとのことです。

courrier.jp

https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2018_03.pdf#search=%27%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC+%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%B8%27

今日の日経で、このナッジについて、政策への応用例も含めて、紹介されています。八王子市は2016年、大腸がん検診を受けていない人への案内文について、「今年度受診した人は来年度も検査キットを送ります」という言い方と、「今年度受診しないと、来年度は検査キットをお送りできません」という言い方とをしてみたところ、損失を強調した2番目の言い方での受診率が30%となり、1番目の言い方23%よりも7ポイント高かった、ということです。

これは、利益より損失に強く反応するという「プロスペクト理論」の応用です。このように、人間の選択に内在する色々な傾向、たとえば今の損失回避とか、他の人と同じことをしようとする同調効果とかをうまく利用して、国民・住民に、社会的に望ましい行動をとってもらえるよう誘導するのが、ナッジです。ナッジを含めて、より一般的に、行動科学上の知見を生かすという意味で、「行動インサイト」とも呼ぶようです。

www.nikkei.com

今では、この政策手法は、政府も取り入れています。上の日経の記事によると、環境省の池本忠弘氏が米国から帰国後の2017年に「日本版ナッジ・ユニット」を立ち上げて、省庁横断で研究や政策への活用を進めています。

なぜ環境省かと言うと、池本氏の尽力がもちろんあってのことですが、もともと環境省クールビズという成功例を持っていたから、ということが、日本版ナッジ・ユニットに関するウェブサイトで紹介されています。

環境省_日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team)について

ナッジまたは行動インサイトという政策手法は、既に政府全体の未来投資戦略2018や、骨太の方針2018にも書き込まれています。

http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/hub01/mat01.pdf

国会議員では、自民若手の村井英樹議員や、小泉進次郎議員が、「ナッジ」の考え方を利用した改革の検討をしています。

行動経済学を活用、年金・医療で個人の「賢い選択」応援~若手議員が新たな社会保障改革に挑む | ミレニアル世代の挑戦 | 村井英樹 | 毎日新聞「政治プレミア」

この政策手法の良い点は、政府による強制を必要としないので、民間でも利用できる場合があることです。たとえば、近畿大学の山根承子氏は、大学の指定喫煙区域ではないにもかかわらず、 外階段で喫煙をする学生がいることについて、「 子供の絵を貼る」ことでナッジを試みました。

先行研究は放置自転車対策として大阪市が行った取り組みで、児童の描いた絵を路面に貼ったと ころ、自転車等の放置が激減したそうです。 そこで、効果を図るために、外階段の2 階部分と 3 階部分のうち、2 階にのみ絵を設置すると、明らかに 2 階の喫煙者が減少した、ということです。

https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2018/proceedings/pdf/JCSS2018_OS05-1.pdf#search=%27%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%B8+%E6%94%BF%E7%AD%96%27

上に紹介した「日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team)について」では、今後は「ナッジ」から更に「ブースト」という新たなアプローチも必要、としています。ナッジは、人々の行動のクセや傾向をとらえて、選択肢の提示の仕方を工夫するやり方です。国民・住民は、基本的には受動的に選択肢を受け入れて、言わば気付かぬうちに無意識に望ましい行動をとるようにする、という発想です。これに対して、「ブースト」は、国民・住民の、より主体的な行動を促すもので、行動科学上の知見を利用しつつ、人々の「技能と知識(コンピテンシーリテラシー)を向上させ、人々が自分自身で主体的に選択する能力を育成すること」を指します。

私が、特に重要だと考えるのは、この「ブースト」という考え方です。その具体的な内容はまだ今後の検討が必要なようです。ただ、人々の行動を変えるよう働きかける際には、やはりその人達の主体的、倫理的な判断が、どこかの段階で行われるべきだと思います。

ブーストと言えるかどうかは分かりませんが、以下のような形で、ナッジを利用しながら社会規範・社会倫理自体を動かし、ひいては古く悪しき社会慣習を変えられるはずです。

たとえば、喫煙者に対して、禁煙外来の利用を選択してもらう場合、禁煙外来補助金をつけるというハード面の政策だけでなく、禁煙外来を使わずに喫煙を続けた場合の損失を、すべての喫煙者に具体的に知らせるようにして(損失回避の利用)、禁煙外来の普及についてデータも目に付くようにして(同調効果の利用)、もし可能なら、健康診断の通知の際には禁煙外来治療の説明をデフォルトにして説明を受けないことをオプトアウトで選ぶようにする等、ナッジの手法で禁煙外来を選んでもらいます。ここまでは、喫煙者の判断、行動は受動的なものです。喫煙の依存性を考えれば、こうした手法も必要でしょう。

そして、喫煙者の行動をなんとか禁煙外来受診と変容させることが出来れば、禁煙外来受診や禁煙自体に慣れた喫煙者は、新たな行動、新たな習慣を倫理的と見なし始めるようになり得るでしょう。健康上良い効果が表れれば、更にこの傾向は強化されるでしょう。

このように、善い動機が内在的に生まれてきた人達に対して、今度はその人の内的な倫理観に訴えるような広報・啓発を行うようにすれば、もうナッジによる誘導はなくても、その人は心から禁煙が正しいと信じて、自分もそれを続け、他人にもそれを薦めるようになるでしょう。

実際の「ブースト」がどのような行動科学的な知見に基づくべきかはともかく、少なくとも、ナッジだけではなく、人々の倫理観、正義感を直接変えるような形でのソフトな政策というものが、こうした「行動変容」政策が、国民・住民に心から支持されるためには必要なのだろうと思います。

喫煙という明らかに他人に大きな被害を与える行為、もちろん本人にもそれに劣らない恐ろしい被害を依存性によってもたらす行為でさえ、個人の好みに基づく自由の範囲だ、という認識、倫理観が未だに根強く残っています。

地方での男女差別についても同様です。以前、本ブログで書いたように、女性差別を嫌って若い女性が東京に出てきて、その後は地方に戻りません。これこそが「東京一極集中」の根本問題であり、おそらくは地方の人々も薄々感づいている事実でしょう。それでも、人は男女差別をやめません。皆がおかしいと思っても、ただ慣れ親しんだ生活だから変えたくない、というバイアスはそれほど強いのでしょう。

www.kaikakujapan.com

こうした古く悪しき倫理観、社会習慣を是正するとき、規制・課税・補助金等のハード面はもちろん、ナッジというソフトな手法を更に進めて、人々の倫理観をより善きものに高めるんだ、そのためにこういう科学的な手法も使うんだ、という訴え方によってこそ、ナッジもブーストも、国民の理解・支持を得て、本当に持続的な効果を持ち得るのだろうと思います。