去年、14歳以下の子どもが増えたのは東京都だけです。東京での出生率は低くても、それを上回る勢いで、女性が東京に移住し、定着するからです。これは、地方より仕事での女性差別が少ないからです。政府がやるべきことは、無意味な地方創生政策を続けることではなく、地方自治体と地方企業に女性差別をやめさせることです。
全然目標を達成できない地方創生本部
先日、地方創生の基本方針が閣議決定されました。原案が決定されたとき、日経は、「東京一極集中是正進まず 10万人以上転入超過続く」という見出しをつけました。
去年の今頃、やはり、地方創生の基本方針が決定されました。そのときの日経の見出しは「東京一極集中の高い壁 地方創生、仕切り直しへ 」です。見出しも似たようなものですが、なぜか写真まで、去年と今年で同じものを使っています。
見出しも写真も同じにしたくなる気持ちも分かります。地方創生政策なんて、ほとんど何の成果も上がっていない状態が、変わり映えなく、ずっと続いているからです。
地方創生政策には、四つほど目標はありますが、現状で、最大の目標は、地方から東京への移動を止めることになってしまっています。上の日経の記事に出てくる、安倍総理の予算委員会での答弁(今年2月8日)を見れば分かります。
「最大の課題は東京一極集中だ。若者にとって働く場所がなかったり、学びの場で魅力的なものがなかったりしたら東京に行かざるを得ない、という状況を変えなければならない」
しかし、人口の移動それ自体を目標にして、その意味での「東京一極集中」だけを「是正」しようとすること自体が間違っています。政府が目的にすべきは国民の幸せ(その指標としての一人当たりGDPや所得や幸福度指数等々)であり、国民がどこに住んでいるかは、その幸せさ加減を決める一つの要素でしかないからです。
また、長い目で見れば、東京への人口流入は、時期によって大きく変わっています。これは、内閣官房の地方創生本部の資料でも繰り返し確認されている事実です。見れば分かる通り、東京はじめ大都市と地方の人口移動は、景気によって大きく変動しています。おおむね、景気が悪いときは東京と地方の転出入が均衡しています。だからと言って、転出入均衡のために景気を悪くしよう、という話にはもちろんなりません。人口移動の程度自体を政策目標に掲げるのはおかしなことです。
また、自治体間の移住というのは、各自治体が、魅力のある行政サービスなり、負担の軽さなり、民間の経済・社会のあり方なりを提示して、お互いに住民にアピールし合う競争、切磋琢磨の結果でもあります。国がそうした「足による投票」を力で変えるべきではありません。
そして、こんな間違った政策目標を設定して、それが実現できないのが大変だ、大変だと騒ぎ続けているのです。今年5月末に行われた検証会議の中間報告では、以下のようになっています。2020年に地方と東京の人口移動を均衡させるはずが、去年は13万人超の東京への流入超過だった、というわけです。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/senryaku_kensyou/r01-05-31_chuukan.pdf
出生率が低い「ブラックホール」のはずの東京だけが、子どもの数を増やしている。
そもそも、地方創生なるものが政策として取り上げられたのは、人口減少社会で自治体が消滅する、それは大変だ、という議論があったからです。この見方を示した日本創生会議は、今では活動をしていません。言いっぱなしでおしまいです。
日本創成会議・人口減少問題検討分科会が出したレポートは、大きなインパクトを持ちましたが、そこに加わった加藤久和教授(明治大学)は、以下のように述べていました。
東京が47都道府県の中で最も出生率が低い事実(2013年の合計特殊出生率は1.13)が物語っている。若い人が東京に集中し、ブラックホールのように吸い込まれ、人口の再生産ができないまま総人口が縮減していく「極点社会」が到来しているといっても過言ではない。
東京に人が移っても、東京は子育てがしにくい酷い場所だから、ブラックホールのようなものだ。そんな恐ろしい所に若い人が吸い込まれたら、日本が滅んでしまう、とこういうお話です。
こうした見方を批判するのが、ニッセイ基礎研究所の天野馨南子准主任研究員です。天野氏の論文はこちらです。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61754&pno=1?site=nli
以下、天野氏の主張の概略を紹介します。天野氏は、東京の出生率(合計特殊出生率、以下同じ)は低くても、東京都の子ども人口は増えていることに注意を促します。実際、2015年国勢調査結果に基づく都道府県別地域人口の将来推計では、東京都の2045年推計人口だけが100%超のプラスです。2005年から2015年の10年間で、0~14歳の子ども人口増えたのは、東京都だけです(107%の増加)。
なお、これは、直近のデータでも確認できます。総務省が毎年子どもの日前後に発表している統計によると、都道府県別の2018年10月1日現在におけるこどもの数をみると、前年に比べて増加したのは、東京都だけでした。
これは報道されましたので、御存知の方も多いことと思います。
天野氏の主張に戻ります。天野氏は、東京都の出生率は低いのに、なぜ東京都だけで子どもの数が増えているのか、それも、相当長期にわたって、東京都だけで子どもの数が増えると推計されているのか、を分析しています。
天野氏はまず、都道府県ごとの「出生率」と「子どもの人口増」には相関がないことを示しています。そのうえで、実際の子どもの数の増減に一番大きく影響しているのは、母親になりうる女性の数だ、ということを、次の式で示しています。
A<エリアの母親候補の数> × B<出生率> = エリアで生まれる子どもの数
東京が全国で最低となっているB<出生率>よりも、東京への若い女性人口流入で増え続けるA<エリアの母親候補の数>がはるかに大きな影響がある、ということです。天野氏の分析結果は、以下のグラフの通りです。子ども人口増減率(横軸)と、女性の人口移動数(縦軸)に相関があることが分かります。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61754&pno=3?site=nli
この結果は、「外れ値」になっている東京を除いてもほぼ同じです(相関係数が0.1だけ小さくなります)。
以上より、東京都の出生率が低いから東京都がブラックホールだ、という見方、政府の地方創生政策の出発点となっている憶測が、根本的に間違っていることが分かります。
男女平等が地域の所得を上げ、女性の数を増やす。
では、なぜ、東京に若い女性が集まるのか?国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の林玲子国際関係部長は、若い女性は、女性の活躍度が低い地域から高い地域に移動する、ということをデータに基づく分析により示しています。
「女性の活躍度」として、地方議会の議員、行政管理職、専門技術職に占める女性比率等で作られる指数と、「女性の転入超過数」との間に、以下のような相関が見られます。同様に、「女性の活躍度」と「一人当たり県民所得」の間にも相関が見られることも分かります。
報告「女性の活躍と人口移動」|2015年11月14日開催 労働政策フォーラム|労働政策研究・研修機構(JILPT)
以上より、天野氏の研究からは、ある地域で子どもの人口が増え続けるかどうかは、その地域に女性が移住するか否かによって決まり、林氏の研究からは、女性が移住するか否かは、その地域で女性が仕事で活躍できるかによって決まる、ということが分かります。したがって、ある地域で子どもの人口を増やそうと思ったら、その地域で女性がちゃんと活躍できる仕事を用意する必要があります。
天野氏、林氏の研究は、既に日経でも紹介されています(私も以下の記事からお二人の研究を知りました)。この記事の中で、天野氏も林氏も、女性活躍ができるような仕事の重要性を強調しています。記事から引用します。
林氏は「女性が都市に集まるのは、高学歴の女性を受け入れてくれる地方の企業が少ないことが一因」と指摘する。地域別の出生率を分析しているニッセイ基礎研究所の天野馨南子・准主任研究員も「地方では男女平等に働ける場所が少ない。結婚や出産でパートなどへの職種変更を迫られないような職場づくりが必要」と指摘する。
政府がやるべきことは明らかです。 地方の議会だろうが、地方の役所だろうが、地方の民間の企業だろうが、とにかく地方における男女差別を許さないことです。そして、最初の現状認識(東京ブラックホール論)から全く間違えて、人口移動それ自体を重要な政策目標にしてしまっている現在の地方創生政策をやめるべきです。目指すべき目標は、たとえば各地域の一人当たり県民所得の上昇です。そして、この数字は、林氏の研究によれば、女性の活躍度と相関があります。
いずれにしても、政府がすべきことは、女性が活躍できる職場を真剣になって作ることです。誤った現状認識に基づく誤った目標設定を行ってその目標さえ全然達成できていない地方創生政策は、もうやめるべきです。