日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

平成最後の日に振り返る:平成は、先進国型経済・社会への転換が進んだが未達成、米中冷戦への対応はこれから。

今日の要点

・平成最後の日に、平成という時代を、国内の政策と、外交安保政策で振り返り、今後必要な改革を考えます。国内では、平成の時代に、後進国型のキャッチアップ経済・社会から、先進国型の成熟した経済・社会への転換が進みましたが、まだまだ多くの課題が残されています。

・経済については、消費税導入のほか、金融システム、財政システム(予算課程、財政投融資公共投資社会保障)、経済的規制、等の分野で改革が進みましたが、更なる徹底が必要です。将来世代への投資や地方分権はまだまだで、今後の大改革が必要です。これは、既得権者と霞が関・永田町との戦いになるので、維新型の政治闘争が有用です。

・社会の多様化に関する改革はあまり進んでいません。ことに、多文化共生社会と男女共同参画社会の実現については、早急に大改革が必要です。これは、人々の日常生活の価値観を変える戦いなので、都民ファースト型の女性活躍推進等が有用です。

・対外的には、平成という時代は、米ソ冷戦終結で始まり、米中冷戦の開始で終わろうとしています。日本は、米中冷戦でのアメリカの勝利に貢献すべきです。

平成最後の日

平成最後の日を迎えました。あらためて、天皇陛下皇后陛下に、一国民として、心から感謝の意をお伝えします。

平成は、国民生活ではIT革命が進み、ノーベル賞受賞ラッシュがあり、価値観の多様化も進むなど、良いことが沢山ありました。一方で、平成は、バブル崩壊で始まり、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件東日本大震災東京電力原発事故等、国民にとって辛いことも多かった時代でした。そんな時代に、あのように国民に優しく、あのように御自分達に厳しい両陛下を戴くことができたのは、一国民として、本当に幸せなことでした。

今日は、そのような陛下の下で、日本は平成時代にどう変わったか、令和以降にはどう変わるべきか、国内、国外に分けて、ざっくりと考えてみたいと思います。 

後進国型のキャッチアップ経済・社会から、先進国型の成熟した経済・社会へ

日経は今日の社説で、平成日本を、「未完の成熟国家」と表現しました。

www.nikkei.com

私も、小泉改革の頃、国内政策で日本に必要な改革は、後進国型のキャッチアップ経済・社会から、先進国型の成熟した経済・社会への転換だと感じて以来、その方向での改革を掲げる政治家、政党を支持するようにしてきました。

この方向での日本の改革は、平成時代、経済分野ではある程度進みましたが、まだまだ多くの課題が残されています。社会分野では、真剣な取り組みはまだ始まったばかりのものさえあります。

 

平成で進んだ経済分野での改革と今後の課題

まず、経済分野です。

・消費税導入という税制改革とその後

平成の始まりは1989年、バブル経済の絶頂期でした。その1989年に導入されたのが、消費税です。当時、消費税を導入したのは正しい判断でした。所得税の減税とセットになっており、経済はバブル期で、消費税導入による経済へのダメージは十分に吸収できたからです。導入当初に重視された理念は、高齢化社会を迎えるにあたり、引退世代にも消費の際に税負担をしてもらうべき、ということでした。消費税は、直接税減税で経済を成長させ、世代間公平にも資する、というのが導入の根拠であり、少子高齢化社会での税制改革のあり方として、正しい方向でした。

しかし、その後の増税のたびに経済に大きなダメージが生じています。1989年に問題がなかったものが、なぜ、経済に対するこれほど大きなマイナス要因となり、増税のたびに一大政治問題になるのでしょう。私は、原因は三つあると思います。

第一は、1989年当時のような、所得税の大幅減税とセットではなく、税収の純増をねらう「打ち出の小築」として使われているからです。消費税導入の本音はこちらでしょう。仮に世代間公平のための消費増税というなら、現役世代への減税もあるべきです。何より、歳出削減が先行しないと、財政再建も結局は失敗します。第二に、バブル崩壊後の日本経済のぜい弱化があります。バブル期とは大きく違い、消費増税での負の所得効果が大きく効いてしまうようになりました。第三に、低所得者対策の不十分さです。社会保障と税の一体改革のとき、軽減税率か給付付き税額控除かを導入することは決まり、結局は軽減税率になりました。相対価格を歪める非効率性はあっても、所得効果を通じた経済へのダメージを考えれば、やむを得ないでしょう。今後は、給付付き税額控除も導入すべきです。

消費税について今後必要となることは、歳出削減の先行を制度化させる、増税するにしても現役世代への減税とのセットで行う、景気への配慮を十分に行う、給付付き税額控除で十分な低所得対策を行う、という改革です。

・金融システム改革

金融システムの改革は、「日本版ビッグバン」に始まり、自由化については一定の完成を見ました。少なくとも、かつての護送船団行政を終わらせたのは、平成時代の改革の成果です。これは、貯蓄不足、護送船団方式、人為的低金利政策、銀行中心の金融システムという後進国型の金融システムを、個人金融資産が1000兆円を超える時代に応じて、金融市場中心の先進国型の金融システムに変える、というものでした。

その後、リーマンショックによって、日本の金融システム改革がお手本としたアメリカの金融システムについても、大きな問題があることが明らかになりました。これに関する改革は、今後も必要です。資金供給者と需要者との間で、徹底して「中抜き」を行い、いたずらに複雑なスキームで手数料だけ取るビジネスの根絶を目指すべきです。

特に、平成時代に大発展を遂げたICT技術を金融で更に活用していくべきです。フィンテックの積極導入で、更に「中抜き」を進める必要があります。金融業という業界の存在自体が既に疑われる事態になっていますが、同時に、IT企業のガバナンスや顧客個人情報保護強化等も進めていくべきでしょう。

・財政システム改革と規制改革

財政システムについては、相当に改革が進みました。

まず、予算の決め方について、財務省主計局が単年度主義で差配していたものを、内閣府経済財政諮問会議が司令塔となって、中長期的な枠をはめるようになりました。財政投融資につき、旧大蔵省の資金運用部の関与をなくして、資金の出口の特殊法人改革を進め、入口の郵貯について民営化を実現しました。更に、公共事業については、小泉政権民主党政権で無駄な事業について厳しく臨み、官製談合を禁じる法律も出来ました。社会保障につき、介護を医療から切り離して独立の保険として、年金について2004年の改革で、保険料率上げに上限を設け、年金支給の自動削減の仕組みも導入しました。

今後、内閣府が更にリーダーシップをとって、歳出削減を進めるべきです。財政投融資改革につき、小泉政権以降、すっかり逆コースになっているのを立て直し、政策金融機関は日本政策金融公庫に一本化し、その他の機関は(貸付等を行っている)独法も含めて民営化し、入口の郵政も完全民営化すべきです。

公共事業については、東日本大震災のような自然災害の防止やそこからの復旧と、これまでのインフラ老朽化等で、実需が存在しているのは確かです。特に、既存インフラの維持管理には、相当のコストが必要です。しかし、新規事業については今後とも厳しく絞り込むべきです。入札談合についても、大震災以降、すっかりゼネコンの談合が復活してしまいました。今後しばらくは、各ゼネコンの役員・社員について、巨大な公共事業を受注する社会的意義を持つ企業の人間として、私的な接触も含めて規制するぐらいの劇薬が必要ではないかと思います。

医療・介護は、まだまだ効率化の余地が大きい分野です。診療報酬、介護報酬を地域ごと、診療科ごと等の需給バランスで柔軟に決定できるようにしたり、病院・施設の集約化を進めたり、製薬会社、医療機器メーカー、ITベンダー等への財政支出を効率化する等、合理化を徹底的に進めて、本当に必要な人に手厚い医療・介護サービスが提供されるようにすべきです。年金については、最近議論になりませんが、2004年制度改正で生じた世代間不公平の是正には、今後も取り組むべきです。

規制改革では、公益事業の参入規制、価格規制で、大きな成果が上がりました。ただ、携帯電話市場の垂直統合や横並びは完全には改められず、電力システム改革は原発優遇がむしろコストにもなり、通信放送市場については、放送法4条改正やNHK受信料制度見直し・NHK民営化等、まだまだやるべきことは残っています。

・将来世代への投資

将来世代への投資と地方分権改革は、平成の後半に着手され、一定の効果は上がりましたが、まだまだ不十分です。

将来世代への投資、つまり、保育・教育への支出の増加については、民主党政権の公立高校授業料無償化が先鞭となったのは、率直に評価すべきです。これがその後の大坂、京都等での私立高校授業料無償化につながりました。保育含む幼児教育の無償化については、大阪でも進められ、国では消費税を財源として、安倍政権が着手しました。幼児教育について、財源に責任を持たなかったとは言え、公明党が早くから言い続けてきたのは事実です。待機児童問題については、国も、東京都をはじめとする各自治体も、だいぶ積極的に進めるようになりました。

このように、保育・教育の無償化と待機児童対策は、着手はされましたが、まだまだ中途半端です。国民が実感を持って負担減を感じるためには、維新の主張通り、教育課程全てを通じた無償化が必要です。高等教育まで含めた無償化のための所要額は、あと2~3兆円程度、行革で十二分に捻出可能です。また、待機児童対策については、女性の労働市場参加を促すことにもなるので、まだまだいたちごっこ財政支出増が必要です。この分野の効率化のために、保育所設置基準の決定権限を市区町村に移譲し、同時に、ベビーシッター事業のような小回りの利く事業にこそ、補助金を増やすべきです。

地方分権改革

地方分権改革については、国主導では、小泉政権での三位一体改革平成の大合併が成果として挙げられます。地方主導の改革は、何と言っても、橋下徹氏と大坂維新が徒手空拳から国に作らせた、都構想を可能にする大都市特別区設置法が挙げられます。

小泉政権の改革も当時としては画期的でしたが、平成の大合併でも市町村のリストラは一定程度しか進まず、政令指定市都道府県のリストラは今後の課題です。今のところ現実味のない道州制を目指すべきですが、そのために大きなインパクトを与えるのが、大阪都構想です。現状ではまだ政治闘争中ですが、都構想の実現は文字通り時間の問題、その先の、道州制導入に向けて、今から議論は始めておくべきです。

教育の無償化、都構想、道州制といった改革の実現は、維新の独壇場です。特に地方分権改革については、大阪での大坂維新の戦いのような、全政党、全団体を敵に回しての政治闘争が必要な場面もあるかもしれません。国も、どの地域も、将来のそうした戦いを意識し、大坂維新の改革に注目すべきでしょう。

・社会の多様化のための改革

社会の多様化に向けての改革は、平成を通じて、少しずつしか進まなかった印象です。特に重要なのは、多文化共生社会と、男女共同参画社会の実現です。この二つについては、理念としては平成時代に政府も強調して打ち出すようになり、制度改正もありましたが、まだまだと思います。

多文化共生社会については、これほど日本社会に外国人が数多く暮らし、日本の経済・社会の不可欠の構成員となっているのに、彼等の社会保障、教育等についてどのように整備するか、基本法さえありません。昨年通った改正入管法も、従来通りの労働力の輸入という発想だけ、生活への配慮はついで程度に、泥縄式に、自治体やNPOに相変わらず丸投げで行う形です。

男女共同参画社会についても、本気で現状を変えようという空気は、せいぜいここ数年、「空気」としては出てきた、というくらいに見えます。選択的夫婦別姓制度一つ実現せず、入学試験でさえ女性差別が続く実態があります。

平成時代、経済面での改革はそれなりに進んだのに、将来世代投資や地方分権さえ、一定の進展はあったのになぜ、社会の多様化に向けた改革は、なかなか進まないのか。これが、人々の日常生活の価値観に関わることだからではないかと思います。ここについて、本気で変えようと思えば、やはり相当の劇薬が必要でしょう。

多文化共生社会については、外国人を日本人の隣人として受け入れる、という発想以前に、我々「日本人」とは何なのか、日本国民のアイデンティティ―の再定義に向けた議論を行い、国籍法を血統主義から生地主義に変えるべきです。

男女共同参画社会については、昨年ようやく努力義務規定で通った日本版パリテ法による、女性候補者比率について、一定の強制力を持たせて、各政党を縛るべきです。もう、一定割合の男性現職も女性現職に変えなさい、という部分を持たないと、政治が女性の方を向きません。

こうした改革については、小池都知事都民ファーストに、是非尽力してほしいところです。ダイバーシティを本当に実現するために、たとえば、外国人の子どもについて、教育を受ける権利を条例で定めてはどうでしょうか。そこまでやって初めて、本物の「グローバル人材」が東京に、日本に集まるだろうと思いますし、そもそも、どんな仕事の外国人についても、当然必要なことです。それを全く国がやらないのだから、東京都でまずは実現してほしいと思います。

また、男女共同参画社会については、小池知事と都民ファーストほど、実現の可能性を持った政治勢力はいません。維新の改革実績はすさまじいものですが、今度の参院選女性候補者ゼロ。役割分担が必要です。口ではなく、実際の結果で、都議会3割、市区議選候補者・当選者5割弱の女性を出して、女性目線での条例を次々と最初に作っている都民ファーストが、今後、まずは都の条例で、更なる女性活躍の場を提供してほしいところです。

外交安保政策

最後に、平成は、米ソ冷戦終結で始まりました。

1989年、世界中の諸国民が、全世界での自由主義と民主主義の実現、経済的豊かさの実現の期待を持った時代でした。

ところが同じ年の6月4日、天安門事件で、中国政府・中国共産党は、中国の民主化の可能性を踏みにじりました。その後、欧米諸国が本音では中国とビジネスをしたいと思いつつ、人権問題を理由に批判的な態度だったとき、真っ先に中国を許して、天皇陛下を訪中させたのが日本政府です。これがゴーサインとなって、欧米も中国との交流を拡大。アメリカはこの30年間、中国に「関与」して、できるだけ国際社会に中国を引き入れて、やがては民主的な国家になることを期待する、という方針でした。

しかし、こうした期待は裏切られました。昨年、アメリカはこれまでの誤りを認め、米中冷戦に舵を切りました。中国は日本に助けを求め、日本は嬉々としてそれに乗っているようにさえ見えます。

中国の経済と社会も「先進国型」になり、少子高齢化が進み、低成長経済になりつつあります。今後、中国経済だけに依存するべきではありませんし、中国の自由化・民主化等の体制変革こそが、東アジア全域の中長期的な経済成長に資するでしょう。

日本は、令和以降、米中冷戦で旗幟鮮明にアメリカ側に立ち、中国と対峙すべきです。

Si vis pacem, para bellum.(平和を望むなら、戦争に備えよ)

平成に引き続き、令和も、その後も、末永く、日本が平和でいられるよう、願っています。