今日の要点
・日本の精神医療は、異常です。数十年に及ぶ長期入院、異常に多いベッド数、安易で長期な身体拘束等による異常な人権侵害。拘束については増加傾向です。
・イタリアのバザーリア改革の精神に学び、日本の精神科病院を出来るだけ早く全廃すべきです。精神医療は、入院医療から地域生活へ移し、精神病床は一般病院へ、そして精神科医は地域で医療にあたるべきです。
日本の精神医療の闇:異常な長期入院、異常に多いベッド数、異常な人権侵害
厚生労働省が毎年行っている「精神保健福祉資料(630調査)」の内容につき、実施主体の都道府県の多くが、急に非公開にしたそうです。「精神科医療の身体拘束を考える会」等の団体が批判しています。
今まで公開していたのをなぜ非公開にしたのでしょう。どうも、厚労省が去年2018年7月、個々の調査票の公表は予定していない等と連絡していたようです。その後、同じ年の8月20日に毎日新聞が、
「精神疾患で50年以上入院している人が少なくとも1773人に上る」
と報道しました。これに対し、日本精神科病院協会の山崎學会長が10月、「患者の個人情報が流出する懸念」があると問題視し、「調査への協力について再検討せざるを得ない」との声明文を発表しました。こうした経緯で非開示になったようです。
「精神疾患で50年以上入院している人が少なくとも1773人に上る」と報じた毎日新聞の記事によれば、そのうち少なくとも476人が、本人の同意がなくても病院に入れる「医療保護入院」だそうです。
50年以上、精神病院に入院。うち476人が入院時に本人の同意がなかった。これだけでも、十分に異常な事実です。この報道の後、日本精神病院協会・会長の山崎學氏が個人情報流出の懸念だとか言ったようですが、精神病院の実態が国民に知られるのが余程いやなのでしょう。
日本の精神医療は異常です。本当に、異常、としか言いようがありません。
まず、精神病床数が異常で、先進国でトップです。
次に、在院日数が異常です。先進国で断トツのトップ、というか、ケタ違いです。
(精神病床数と在院日数のグラフの出所は、いずれも厚生労働省の検討会での参考資料です)
身体拘束については、杏林大学教授の長谷川利夫氏が代表の「精神科医療の身体拘束を考える会」等が、安易・長期な身体拘束について批判してきました。これについても、他の先進国からかけ離れた制度・運用となっています。
日本の精神医療は、なぜこれほど異常なのか。
先進国一の精神病床数、他国とケタ違いの入院日数、安易で長期の拘束等の人権侵害。日本の精神医療は、なぜ、このような異常な状態になっているのでしょうか。
精神科医の上野秀樹氏は、
・民間精神科病床が過剰に存在していること
・精神保健福祉法の問題
の2点が原因、としています。まず、民間精神科病床が多すぎることで、病院はとにかく患者数を増やそうとすること、そして、認知症に対するサポートが不足しているため、精神病院に預けようとするニーズもあることが問題、としています。このため、現在、認知症患者の入院や身体拘束が急増しています。
更に重要な問題は、精神保健福祉法です。この法律が、精神障害者の自立支援や自己決定権の保障よりも、精神障害者の社会からの隔離・収容に偏りすぎていることが問題です。
第1条の法律の目的でも、精神障害者の自立や自己決定権の行使の支援がはじめに掲げられてはいません。まず、「精神障害者の医療および保護」が第一にあります。また、「その社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助」とあり、精神障害者が社会から排除されていることが前提となっています。
そして、「現実の医療現場では、精神保健福祉法は主に強制的な精神科入院と行動制限を正当化するための根拠として使われています」(上野医師)。
精神医療の改革:10年間で精神病院を全廃。精神医療は「入院医療から地域生活へ」、精神病床は一般病院へ、精神科医は地域へ。
かつての欧米諸国も、似たような問題を抱えていましたが、1970年代、イタリアで公立の精神病院を全廃するという大改革を行い、入院医療から地域での治療に転換が図られました。医師のフランコ・バザーリア(1924-80)が主導し、1978年に成立した「バザーリア法」と呼ばれる法律で、この改革が実現しました。
「バザーリア法」は、憲法で保障された市民権に基づき、精神科の患者は自分の意思で医療を選ぶ権利があると規定しています。精神科病院の新設を禁止し、「治安維持」のための強制入院から、地域サービスによる医療に移行しました。2000年にイタリア政府は、精神科病院の完全閉鎖を宣言しました。
この大改革が、他の先進国に大きな影響を与えました。先に紹介したグラフを見れば分かる通り、1990年以降に至るまで、先進国は精神病床数と在院日数を減らし続けています。
なお、バザーリア改革は、公立病院の全廃運動でした。これに対し、ベルギーでは、日本同様、民間病院の病床数を減らす改革に取り組みました。ベッド数のグラフで日本に次いで多いのがベルギーですが、なんとか2010年の改革が成功、民間病院に一定の補償も行って、実現したようです。ベルギーの改革と日本への示唆については、以下のように、内閣府の障害者政策委員会でも紹介されています。
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/k_25/pdf/s1.pdf
こうした動きをもとに、日本の精神医療に関する改革プランを提示しているのが、社会福祉法人理事長の氏家憲章氏です。
氏家氏の提言は、精神病床を減らす一方、精神科の医師の収入が少ない状況も変える、というものです。そして、患者は就労支援施設で働く等の自立を行い、地域で精神科医師は病院ではなく、地域での医療に移る、という形を主張しています。
私も、基本的に氏家案に賛成です。ただ、政策の打ち出しとしては、もっと分かりやすく、徹底した形で提示した方が良いでしょう。このため、以下のように主張します。
・イタリアのバザーリア改革の精神に学び、日本の精神科病院を20年間で全廃
・入院医療から地域生活へ移し、精神病床は一般病院へ、精神科医は地域へ
・精神科医の待遇は他科の医師と同等とする
・ベルギー流の民間精神病院への補償は必要最小限。まずは業界と戦う。
ちなみに、日本の精神病院の団体トップを務める山崎學氏、「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という部下の発言を協会の機関誌に載せて、批判されたことがあります。この人については、いずれまた書こうと思いますが、なかなか戦い甲斐のありそうな相手のようです。