日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

皇室制度は、日本会議や政府のためにあるのか:元号、大嘗祭、退位

今日の要点

元号の即位前発表、大嘗祭の費用負担の軽減、そして、退位。これらは、皇室制度を、国民のためにより良く運用しようとするものです。

・皇室制度は、一部の宗教団体関係者のためにあるのではなく、国民のためにあるものです。

皇室制度の運用は、国民のために行うべき。

保守系団体の「日本会議」が、新元号を新天皇即位前の4月1日に公表する首相方針に「遺憾の意」を示しているそうです。団体の機関誌「日本の息吹」2月号で、天皇一代に一つの元号とする明治以来の「一世一元」の制度を踏まえて、新天皇即位後の新元号決定と公布にすべき、と主張しているとのこと。

www.sankei.com

日本会議は1か月前の発表が不満だと言いますが、本来、1か月前の発表でも、システム上の対応等のためには厳しいとも言われているようです。

www.nikkei.com

政府は最初、もっと十分な時間をとれるよう、昨年8月の発表を考えていました。これに保守派が反対し、政府が2月頃という妥協案を出したようです。それに対して、日本会議国会議員懇談会が更にハードルを上げて、事前公表自体に反対で一致し、新天皇による公布を求めて首相官邸に申し入れをしていたそうです。経緯から言っても、本気のこだわりというより、図に乗って好き勝手言い出した形です。

digital.asahi.com

さすがの安倍総理も、新天皇即位後に元号を発表しろなどというバカげた難癖は拒否して、年明けに「4月1日発表」と公表していました。それに日本会議が不満を言ってる、というのが最初の記事です。

この間の駆け引きは、以下の日経の記事にも出ています。「保守系団体」(たぶん日本会議でしょう)の幹部が、「憲法改正で協力できなくなる」と反発してみせたことさえ、あったとか。

www.nikkei.com

元号の事前発表は、国民生活に悪影響が及ばないようにするためのもので、政府は最初からそのつもりで動いていました。それを、たかだか明治からの「伝統」を根拠にひっくり返そうとするのは最初から無理筋の難癖です。

似たようなことは、大嘗祭についてもありました。これについては、国民のためを思って皇室が提案したことを、政府が逆にはねつけた形です。

秋篠宮さまが昨年11月30日、天皇の代替わりの皇室行事「大嘗祭」について、「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と述べて、政府は公費を支出するべきではないとの考えを示されました。この考えを宮内庁長官らに伝えたが「聞く耳を持たなかった」、「非常に残念なことだった」と、異例の政府批判を行いました。

digital.asahi.com

この発言は、実は、天皇陛下皇后陛下にも事前にお伝えしていたそうです。殿下は30年前にも、大嘗祭は絶対必要だが、身の丈に合った儀式の形で行うべきと言われていたようです。

www.sentaku.co.jp

秋篠宮は、両陛下のご了承のうえ、国民負担を考えて、この提案をされました。代替案として、宮中の「神嘉殿」を活用して費用を抑え、それを天皇家の私費で賄うという具体案まで示されていたと報じられています。

digital.asahi.com

この形であれば、大嘗宮の設営費関連だけで19億円、合計27億円の経費を大幅に節減できます。国民のためを思ってのこうした提案を、政府は無視しました。

なお、秋篠宮の発言前のことですが、昨年11月27日の日本会議の大会で、竹田恒泰氏は、大嘗祭には政府支出をすべきで、規模縮小等はすべきでないとの趣旨の発言をしています。国民の負担をなんとか軽減したいと思う皇室と、自分達が伝統と思うものを墨守しようとする竹田氏と、立場が正反対となっています。

www.nipponkaigi.org

そして、天皇陛下のこのたびの退位自体、政府が天皇陛下の御意思を無視し続けてきた末に、陛下のおことばを直接聞いた国民のほとんどが退位を支持した結果、実現したものです。

www.kunaicho.go.jp

天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました」

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます」

天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」

天皇は象徴としての立場について、国民に理解を求め、天皇も国民を深く理解し、常に国民とともにあるべきだ。だから、高齢で病床にあっては、国民に対して天皇としての務めが果たせない。それに、そのような場合、かつての自粛ムード等のように、国民生活にも負担が生じてしまう。

だから政府は生前の退位を認めてほしい、とは明言されませんでしたが、御意思は明らかでした。国民を思う陛下の言葉にふれて、国民は心を動かされました。陛下のこれほどの思いを、政府は無視し続けたのです。また、日本会議の関係者は、退位自体に反対し続けました。

皇室制度は、国民のためにある。

元号大嘗祭皇位継承等々を含めた皇室制度は、更に、憲法上の天皇の制度は、全て、国民のためにあるものです。こうした伝統は大事なものだ、守りたい、という主権者国民の意思があるから、日本国を象徴し、日本国民が一つにまとまって統合されていることの象徴として、天皇陛下という存在があるのです。決して、「伝統だから問答無用で」という理由で存在しているのではありませんし、一部の宗教団体関係者や、まして政府のために存在しているのではありません。

皇后陛下のおことばを引用します。

「伝統と共に生きるということは,時に大変なことでもありますが,伝統があるために,国や社会や家が,どれだけ力強く,豊かになれているかということに気付かされることがあります。一方で型のみで残った伝統が,社会の進展を阻んだり,伝統という名の下で,古い慣習が人々を苦しめていることもあり,この言葉が安易に使われることは好ましく思いません」

www.kunaicho.go.jp

天皇・皇后両陛下、皇太子殿下・妃殿下、秋篠宮殿下・妃殿下の、国民を思い、国民とともにあろうとする姿に、国民一人一人が個人として抱く尊敬と信頼の念。日本の皇室制度の一番の基礎はここにあります。国民が皇室に対して抱く尊敬と信頼の気持ち、これが、主権者国民の意思としての、伝統を守りたいという気持ちの基礎にあります。個人が、特別の立場に生まれた個人へ感じる尊敬と信頼の念なのですから、その間に、本来、何の団体も教義も知識も必要ではありません。

皇室とは「本来」こうだ、「伝統」とは理屈抜きで守るものだ、その伝統の中身が何かは、こういう偉い人が言うことにしたがえばいいんだ。日本の伝統を守るために、そんな説教、全く必要はないのです。

国民一人一人が個人として、特別の立場に生まれた個人としての天皇陛下や皇室の方々に対して、尊敬と信頼の気持ちを抱く。そうするうちに、国民が天皇陛下や皇室の方々に「世のつねならず、すぐれたるとこのありて、かしこきもの」、すなわち、「神」を自然に感じることさえ、あり得るでしょう。こうして、神道という伝統と、国民主権は両立するのだろうと思います。だから、一部の宗教団体や政府機関等には、国民と天皇陛下とのこうした結びつきを邪魔しないでほしい、と願っています。