日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

「日本は第二次大戦の結果を受け入れるべき」ではないか:北方領土と国際法

今日の要点

・「日本は、北方領土第二次世界大戦の結果としてソ連・ロシア領となったことを受け入れるべきだ」というロシアの主張を、認めるべきではないでしょうか。

・長年の実効支配と現在の国際関係を見るとき、国際法上の理屈でさえ、日本が勝てるとは限りません。国際法では、国際関係の現実も重視されます。

北方領土につき、日本国民と国際社会の意識の間にずれが生じているなら、それを埋めるべきです。私は、条件次第で、ロシアの主権を事実上認めた上での二島返還に賛成します。

ラブロフ外相の「日本は第二次大戦の結果を受け入れるべきだ」発言。

日ロ首脳会談が終わりました。朝日新聞は、「北方領土問題の進展示せず」と報じています。

digital.asahi.com

産経はどう見るかな、と思って、今朝の社説を読むと、「北方領土返還につながる具体的進展は示されなかった。日露平和条約の締結交渉を進めるかけ声があったにとどまる」としています。やはり現段階では成果はないようです。

www.sankei.com

産経の社説は、首脳会談で進展がなかったとしたうえで、あらためて、日本のこれまでの主張・原則を守って、「正攻法で領土返還目指せ」としています。つまり、「択捉、国後、色丹、歯舞の四島は日本固有の領土だ。日ソ中立条約を一方的に破ったソ連が不法占拠した。ロシアは四島を日本に返還しなければならない」ということです。産経社説はふれていませんが、日本はヤルタ会談に参加していないから、そこでの合意には拘束されない、とも言ってきました。

こうした主張に対し、ロシアのラブロフ外相は、日本は第二次大戦の結果を受け入れるべきだ、と発言し続けています。

www.news24.jp

私は、産経の主張とは異なり、日本は「第二次大戦の結果を受け入れるべき」ではないかと考えています。

どんな小さな領土でも他国に譲れば、侮られて全ての領土を奪われる、という主張は知った上でのことです。ドイツの法学者イェーリングの言葉が有名ですね(↓岩波文庫のアマゾンレビューの孫引きですいません)。

「隣国によって1平方マイルの領土を奪われながら膺懲の挙に出ない国は、その他の領土をも奪われてゆき、ついには領土を全く失って国家として存立することをやめてしまうであろう(47頁)」

https://www.amazon.co.jp/権利のための闘争-岩波文庫-イェーリング/dp/400340131X

では、日本は、第二次世界大戦後、これまで、北方領土でも、もっと言えば竹島でも、「不法に占拠されている固有の領土」を他国に実効支配されて、「膺懲の挙」、つまり、征伐してこらしめることをしたでしょうか?ロシアや韓国を、武力で懲らしめるべきだったでしょうか?それは可能だったでしょうか?それは日本国民のためになることだったでしょうか?武力報復しなかった結果、日本は国家として存立をやめたでしょうか? 

イェーリングの先の言葉は大変有名で、領土問題ではよく引用されます。だが、この言葉の出てくる『権利のための闘争』が書かれたのは1872年。普仏戦争でのドイツの勝利とドイツ統一の直後ですね。イェーリングは当時のドイツではリベラルで、ビスマルクを批判していたそうですが、ドイツ統一の偉業を見て、ビスマルクを賞賛したそうです(出典を忘れたので見つけたらまた書きます)。その気持ちはよく分かります。しかし、こうした高揚感に満ちた時代のドイツと、21世紀の日本と、同列に論じられるでしょうか。私は、もう少し冷静に考えるべきだと思います。

国際法上の議論でさえ、日本が勝てるとは限りません。国際法では、国際関係の現実も重視されます。

北方領土について、国際司法裁判所で争えばいいという考え方もあります。ロシアが応じるなら、それも一つの解決法です。ただ、私は、国際法上の議論でさえ、日本が勝てるとは限らないと思います。国際法では、ロシアの実効支配がこれだけ長く続き、日本は結局それを動かす力がなかったという事実も重視される可能性があると思うからです。

私は国際法は素人ですが、大学で国際法(国際公法)を初めて勉強して驚いたのは、基本的には民法の原則、私法の原則で出来ている、ということでした。考えてみれば当たり前のことです。主権国家民法で言う「人」にあたり、主権国家は人同様に権利は平等で、自由意志で条約≒契約を結んでそれに拘束される。だから、最も重要な法源は条約、というわけです。時効とか先占とか、民法上の制度も国際法で出てきます。

グロティウスは国際法の父であると同時に、私法でも重要な貢献がある、と昔読んだ私法史の本に書いてありましたが、国際法が私法の原則で出来ているなら、それも自然なことだったのでしょう。

https://www.amazon.co.jp/近世私法史―特にドイツにおける発展を顧慮して-F-ヴィーアッカー/dp/4423740176

では、領土に関する主権が他国に移転するのは、国際法上、どのようなケースか?これは、「領域権原」の問題と言われるそうです。以下では、次の論文に基づいて、「領域権原」について、伝統的国際法の理論と、最近(と言っても20世紀後半)の国際法の考え方にふれて、それによって北方領土問題を私なりに考えてみます。

(深町朋子「現代国際法における領域権原についての一考察」法政研究. 61 (1), pp.67-105, 1994-07-31. 九州大学法政学会 )

https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1997/KJ00000692601-00001.pdf#search=%27%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%B3%95+%E9%A0%98%E5%9C%9F+%E5%8F%96%E5%BE%97+%E8%A6%81%E4%BB%B6%27

伝統的な国際法の理論によれば、ある国が、一定地域に領域主権を有効に設定するには、あらかじめ認められた「権原取得方式」をとる必要があって、それさえ満たせば、どの国にも領域主権を対抗できる「権原」を得るそうです。「権限取得方式」は五つあって、「割譲、先占、添付、征服、時効」だそうです。これらもほとんどがローマ法つまり私法に基づいています。ただ、かつて認められていた「征服」については、国際連合国連憲章が出来た現在は、強行法で禁止されています。

北方領土について言えば、仮に第二次大戦終わり頃まで日本の領土だった北方領土がロシアの主権下に移った、つまり、ロシアが権原を得たというなら、ロシアはたとえば、征服という「権限取得方式」で得た等と主張する必要があります。しかし、現在では、国連憲章によって、このような権限取得方式は禁止されているので、ロシアの主張は通らない、ということになりそうです。

しかし、本当にそうなるでしょうか。国連憲章があっても、現実には世界中で戦争や武力紛争が起きていて、「違法な」占有が長期にわたって継続する場合もあります。こうした現実を踏まえ、最近の国際法では、国際社会の安定という観点から、そうした状態を追認しうる考え方もあるようです。

こうした考え方によれば、従来のような権原の有無が問題なのではなく、それぞれの当事者が援用しようとする権原あるいは主張の「相対的な強さ」が国際裁判での決定を左右するということです(深町p82)。この考え方では、「権原取得方式」も特に限定して考えません。既に20世紀前半から、国際裁判はこのような考え方だったようです。

要するに、紛争当事国の出してくる色々な理屈を総合的に勘案して決める、という、なんとも曖昧な考え方なのですが、その分、国際社会の現実を反映することも出来ます。この考え方は、法を執行する裁判所がないという国際法固有の特色をよく生かしているとも言えます。

この考え方によれば、ある国による領土の占有が不法な起源による場合でさえ、「占有が長期に亘り平穏に行われている限りは、第三国による一般的承認や、元の主権国の抗議の欠如といった要因」で、その領域の権原が認められる可能性はあると考えられています。そこでは「安定性の考慮が大きく働くためであり、基本的に、違法な武力行使をどう規制するかという問題と、領域主権の移転をどう規律するかという問題は、区別されるべきであるとする」(深町p92~93)からです。

北方領土についてあてはめてみます。日本は、第二次大戦末期のソ連の侵略以降続く占有を、日ソ中立条約に反する違法な占有であり、原状回復が必要だ、と抗議し続けました。しかし、国際法の判断基準が、当初の占有が条約に違反したかよりも、現在の国際関係の安定性を重視するならば、現状を追認する形でロシアに権原を認めるという判断も「国際法上」あり得ます。

仮に、北方領土につき、日本の主張を国際裁判所等が認めたとします。四島でも二島でも、ロシアの意思に反して日本に主権を返還すべきという判断が出た場合、その後、何が起きるでしょうか。国際世論の高まりや経済制裁でロシアに引き渡しを迫り、それを実現できるでしょうか。国際社会はそれに伴う緊張を望むでしょうか。

そもそも、伝統的な国際理論での「権原」についてさえ、日ソ中立条約よりも、ヤルタ会談での密約の方を、国際社会は追認して重視する可能性さえあります(ヤルタについては、以下が勉強になりました。いずれこの論文についても書きたいです)。

https://dash.harvard.edu/bitstream/handle/1/5141681/remembering%20yalta.pdf?sequence=2

たとえスターリンの横暴で作られた合意でも、その合意の上に長年続いた安定を今崩して、アメリカの同盟国である日本を勝たせて、ロシアの数十年間の実効支配を否定すれば、極東での本格的な米ロ対立を起こしかねません。そのような解決を、国際司法裁判所が選択するでしょうか。私は極めて疑わしいと思います。

日本国民と国際社会の意識のずれを埋めるべき。

日本の世論も変わりつつありますが、それでも四島の主権が日本にあると国民の多くは考えています。当たり前です。戦後ずっと、日本政府がそのように主張し、国民をそのように教育し続けてきたのですから。

しかし、来年で戦後75年。もう戦後100年、一世紀というのが見えてきました。この長期間属してきた現実をいったんは受け入れて、そのうえで、現在および将来の国民のためになる決断をすべきではないでしょうか。日ロ交渉の今後は分かりませんが、私は、条件次第では、北方領土のロシアの主権を事実上認め、二島のみ返還のうえでの平和条約締結に、賛成します。