日本の改革

日本の改革に関するブログです。あるべき改革や政策等について考えていきます。

米中冷戦と1989年の理念

アメリカと中国は、貿易戦争を超えて全面的な冷戦状態に入ったと言われています。昨年10月のペンス副大統領の演説は、そのような時代の訪れを告げるものでした。

日本語字幕付きの動画はこちらで、

www.youtube.com

日本語での書き起こしは、こちらで見つけました。

www.newshonyaku.com

ここでは、上にリンクを貼った「海外ニュース情報翻訳局」さんの全文翻訳から、私がペンス演説で最も重要だと思う部分を引用させていただきます。

ソ連の崩壊後、我々は中国の自由化が避けられないものと想定しました。21世紀に入ると、分別のある楽観主義をもって中国に米国経済への自由なアクセスを与えることに合意し、世界貿易機関に加盟させました。

これまでの政権は、中国での自由が経済的だけでなく政治的にも、伝統的な自由主義の原則、私有財産、個人の自由、宗教の自由、全家族に関する人権を新たに尊重する形で、あらゆる形で拡大することを期待してこの選択を行ってきました。しかしその希望は達成されませんでした。
自由への夢は、中国人にとっては未だ現実的ではありません。中国政府はいまだに「改革開放」と口先だけの賛同をしている一方で、鄧小平氏の有名なこの政策はむなしいものとなっています」

ソ連の崩壊後、我々は中国の自由化が避けられないものと想定した。しかしその期待は裏切られた。中国政府は自国の国民の人権を無視して、国民への残虐な弾圧を続けるとともに、国際社会のルールを無視した利己的で侵略的な政策をとっているー

これは、日本国民の実感とも一致するのではないでしょうか?

ペンス演説は、最初から最後まで、中国の偉大な歴史と文化に敬意を払っており、ただただ、現在の中国政府の言語道断な政策を徹底して批判しているのです。

日本国民も、中国の歴史や文化には尊敬の念を持っています。中国人全体や中国文化自体を侮蔑したり敵視したりする人は圧倒的に少数派で、彼ら彼女らが日本国民の支持を得ることは決してありません。

一方、あの1989年、東ヨーロッパの社会主義政権が相次いで倒れたあの年に、中国では天安門事件によって、民主化どころかほんの僅かな政治改革の芽も、機関銃と戦車で蹂躙されました。それ以降の、国際法無視の海洋進出、中国政府主導の反日暴動、チベット人ウイグル人へのおぞましい迫害に、日本国民は憤り、そして中国の内外で傷つけられ殺された人々のために心を痛めています。

1989年は、日本国民にとって、希望と汚辱の年でした。希望とは、ヨーロッパの冷戦終結です。汚辱とは、天安門事件です。東アジアで冷戦終結の望みが絶たれたことです。

1989年、東欧での変化と天安門でのデモを見て、日本国民は、中国が自由で民主的な社会になることを期待しました。だが、それは間違っていました。あれから30年たって、中国政府による人権無視、他国の主権無視の姿勢は強まるばかりです。

だから、今こそ1989年の理念に立ち返って、日本はアメリカとともに中国と対決し、東アジア全体で自由と民主主義を確立し、自由で公正なルールの下での経済的繁栄をアメリカ含むアジア太平洋地域全体にもたらし、そして、東アジアがチベットウイグル含めた多様な民族の文化が花開く地域になるよう努力すべきではないでしょうか。

1989年、ベルリンの壁が崩壊して、世界中の諸国民が、「これからの世界は、自由で民主的で、そして経済的にも文化的にも繁栄する社会になるはずだ」との期待に胸を躍らせていたあの時代の理念。私はその理念を、いわゆる「新自由主義」というものではなく、単に、自由民主主義の理念と理解しています。そして、アメリカが遅まきながら中国に対して本気で自由化に向けた改革を要求するようになった今、日本政府は、この点でアメリカと協調すべきだと考えます。日米をはじめ、国際社会全体が、1989年の理念に再び立ち返り、中国の政治改革実現に、真摯に取り組むべきです。

 

今回、1989年の理念、という表現を使いました。この時代の理念や思い出等に関し、自分が習い覚えたこと、個人的に経験したこと等について、また別の機会に紹介できればと思います。